黄 昏 ハ ン ド メ イ ド 。 -14ページ目

黄 昏 ハ ン ド メ イ ド 。

耕 せ ば ま た よ み が え る 星 だ か ら ぼ く ら は 両 手 を も っ て 生 ま れ た

お母さまを誘って行ってきました。モネ展。

平日でしたがきっと混んでいるだろうと思い
開館一時間前に上野駅で待ち合わせ。

ところが人身事故が起きてしまい
お互いもろにその影響を受けてしまいました。


結局合流した時には開館時間を過ぎていたので
もう焦っても仕方ないと、ゆっくりモーニング(笑)

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上野駅構内になるたいめいけんにていただきました。

オムレツふわふわでおいしかった~。


腹ごしらえも済んでいざ東京都美術館へ。

覚悟はしていたけどすごい人。人。人。

流れも悪く非常に見づらかったですが
なんとか見てきました。


第一章は「家族の肖像」

モネといえば風景画というイメージですが
愛する家族を中心にいくつかの肖像画を残しています。

その中でも有名なのはこの絵ではないでしょうか。

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「ポンポン付きの帽子をかぶったミシェル・モネの肖像」
1880年

ミシェルはモネの次男で
彼を描いた肖像画は3点残されているそうです。

妻や子供を描いた作品は
どれも暖かく柔らかい空気に満ちていました。


第二章は「若き日のモネ」

11歳で中等学校に入学したモネは
学業に退屈し、教師たちをスケッチし始めます。

誇張して描かれるカリカチュアは人気を博し
17歳のころにはそれを売り
風刺画家として知られる存在となりました。

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「ピアノの前の若い女」 1858年

とても誇張されユーモラスに描かれてはいるが
そのデッサン力の素晴らしさは圧巻。


第三章は「収集家としてのモネ」

ここではモネが所有していた作品が並びます。

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「ディエップ近くの断崖」 ウジェーヌ・ドラクロワ

モネとドラクロワは直接の接点はありませんでしたが
モネが所蔵していたこの水彩画を見ると
ドラクロワから多大な影響を受けていることがわかります。

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「洞窟の中の若い母」 オーギュスト・ロダン

モネとロダンは同い年。

1889年には大規模な二人展をパリで開催しています。


第四章は「モティーフの狩人」

ギイ・ド・モーパッサンはモネを「狩人」と評しました。

同じ主題でありながら
時間帯や天気など異なる環境で描かれた絵の数々。

そうして絵画を探求していくモネの姿は
画家というより狩人のように見えたのでしょう。

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「ヨット、夕暮れの効果」 1885年

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「断崖とポルト・ダモン、朝の効果」 1885年

題名からしてモネが
時間帯によって変化する光の効果を
探求している様子がわかります。

特にヨットの絵は素晴らしかった。


第五章は「睡蓮と花―ジヴェルニーの庭」

モネは1883年にジヴェルニーに移り住みます。

庭付きの家を借りたモネは
ジヴェルニーの美しさに魅せられ
1890年に正式にこの家の所有者となり
終の棲家となりました。

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「睡蓮」 1907年

大の園芸愛好家だったモネは
庭に様々な植物を植え、それを描きました。

そして、次第に花だけではなく
その周辺の環境にも目を向けるようになると
水と、その中に揺らめく水草を描くことに夢中になり
所有地の一角に睡蓮の池を作るのです。



「睡蓮」 1917-19年

こちらは彼が77歳から79歳にかけて描いた睡蓮。

一見すると抽象画のような作品ですが
その色使いはまさにモネの色彩で
抽象的になることでその色合いが
さらに生き生きとしているような気がしました。


第六章は「最晩年の作品」

モネの最晩年は、孤独との戦いでした。

画家仲間たちが次々とこの世を去り
1911年には妻を、1914年には長男を亡くします。

さらに第一次戦争が勃発し、次男が出征
モネ自身も白内障を患います。

しかし彼は筆を置きませんでした。

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「バラの小道、ジヴェルニー」 1920-22年

燃えるような赤で包まれたバラの小道。

本能のままに置かれたような色は
幾重にも重なって驚くほどの奥行きを感じさせます。

この作品が描かれたのは
白内障の症状が最も重かったといわれる時期なのです。

1923年に白内障の手術を受け
改めてこのころの作品を見たモネは驚きを覚え
86歳で亡くなるまでアトリエに保管されました。


こうしてモネの生涯を作品を通し辿ってみると
その探求心、情熱に改めて驚かされるとともに
これほどまでにブレない画家はいなかったのでは
と思わされました。

確かに彼の絵は年齢とともに変化していますが
それが逆に彼が描きたいものを
より鮮明にしていったような気がしました。

そしてやはり国内でのモネ人気は凄かった。

あんなに混んだ美術館久しぶりだったよ(笑)


モネ展 in 東京都美術館

2015.9.19 ~ 2015.12.13
今日は渋谷でスタジオだったので
そのあとBunkamuraへ。

美術史の中でいつ、どのように
風景画が誕生したのかを紐解くという
とても素敵な展覧会へ行ってきました。


15世紀以降、聖書や神話を主題とした作品の
窓の向こうに風景画描かれるようになりました。

そこから段々と主題が小さく描かれ
風景が大きく描かれるようになります。



「聖カタリナの車輪の奇跡」 1515年以前
ヨアヒム・パティニール

デューラーにより初めて風景画家と呼ばれたのが
このヨアヒム・パティニール。

主題となる部分は右側に小さく描かれ
そこから壮大な風景が広がっています。


中世後期には今でいうカレンダーのようなものが生まれ
多彩な月歴画が描かれるようになりました。

主題も宗教や神話的なものから
徐々に牧歌的なものへと変化していきます。



「夏の風景(7月または8月)」 1585年
ルーカス・ファン・ファルケンボルフ

談笑する農民たちの楽しげな様子と
どこまでも広がる美しい風景が
バランスよく描かれています。




「ブリュッセルの水濠でのスケート」 1649年
ロベルト・ファン・デン・フック

庶民がスケートを楽しむ様子が
丁寧に、コミカルに描かれていますが
人々は風景の一部になっています。




「渓流のある風景」 1670-80年ごろ
ヤーコプ・ファン・ロイスダール

これはもう完全な風景画です。
ほかの絵とは違う色使いとタッチで目を引きました。


そして画家たちの視点は
自分たちの生きている世界へと向けられていきます。




「ヴェネツィアのサン・マルコ広場」 18世紀後半
フランチェスコ・グアルディ周辺の画家

この絵では都市の風景やそこに集まる人々を
写実的に描いています。


このように風景画が生まれ、確立されていく過程が
とても分かりやすく展示されていました。

中世の風景画は現実と空想の
絶妙なバランスがとても魅力的でした。

今回の展示はすべて
ウィーン美術史美術館所蔵のものということで
いつか実際に訪れてみたいなと思いました。


風景画の誕生

in

Bunkamura ザ・ミュージアム  2015.9.9 ~ 2015.12.7

今日は息子とでいとしようと思ってたのですが
急遽部活になってしまったため
ひとりで美術館行ってきました。

おひさしぶりの損保ジャパン美術館。

開催されていたのは「最後の印象派」という展覧会。

一時代を築いた印象派から
フォーヴィスムやキュビスムなど
前衛的な芸術へと時代が変化していくなか
印象派のスタイルを受け継ぎながら
親しみやすい絵を描き続けた画家たちに焦点をあてた
日本初の展覧会です。


彼らは1900年に
「画家彫刻家新教会(ソシエテ・ヌーヴェル)」を結成。

第1章ではメンバーの中でも
エコール・デ・ボザール(国立美術学校)の
仲間たちを紹介。

エドモン・アマン=ジャン、エルネスト・ローラン
アンリ・マルタンの作品が数点ずつ並んでいましたが
特にアンリ・マルタンの作品はどれも素晴らしかった。

特にひときわ目をひいたのが
図録の表紙にもなっているこの絵でした。




「野原を行く少女」 アンリ・マルタン

点描で描かれたこの作品は印象主義的ななかに
マルタン独特の寓話的な要素が加わり
とても魅力的な空気を醸し出していました。

少女の内面から溢れだすような
花びらたちが本当に美しく
何時間でもこの絵を見ていたいと思いました。


第2章はフランス北部の流れをもつ画家たち。

アンリ・ル・シダネルの作品が中心でしたが
素晴らしかったのはこの作品。




「川沿いの集落」 フリッツ・タウロヴ

もうね、とにかくこの水が凄いんです。

そこに水があるとしか思えない。

水の描写といえば大下藤次郎 を思い出しますが
同じような感動がこの絵にもありました。

わたし、はじめましてなのだと思ったのですが
5年前に1枚だけこの画家さんの絵を見ていました。

Bunkamuraで開催された「語りかける風景」 という
これまた素敵な展覧会でした。

このときは名前がフリッツ・トーロフとなっていて
そのあたりからも日本では
あまり知られていない画家さんであることが分かります。

もっとこの方の作品見たいなぁ。


第3章は「バンド・ノワール(黒い一団)」と呼ばれた
画家たちの作品。

彼らの特徴はその名のとおり黒を基調とした暗い色調。





「海辺」 シャルル・コッテ

解説にも書いてありましたが
一見穏やかな海の上には暗く重い雲が立ち込め
今にも雨が降り出しそうな雰囲気。

静かな海がかえってこの後に起こる
嵐を想像させます。


第4章ではエミール・クラウスをはじめとする
ベルギーの仲間たち

第5章、第6章では後半に加わった仲間たちの
作品が紹介されていました。

多くの美術愛好家たちに支持され
世界的なブームとなったソシエテ・ヌーヴェルは
第一次世界大戦など激動する時代の中で
20年余りでひっそりと幕を閉じました。

シダネル、クラウスなど日本でも知られる画家もいますが
彼らが共にこのような活動をしていたことは知りませんでした。

絵の解説だけでなく画家たちのプロフィールや
材料や技法にいたるまで丁寧に説明書きがされていて
素晴らしい展覧会でした。


最後の印象派 1900-20's Paris

in

損保ジャパン日本興亜美術館 2015.9.5 ~ 2015.11.8