黄 昏 ハ ン ド メ イ ド 。 -10ページ目

黄 昏 ハ ン ド メ イ ド 。

耕 せ ば ま た よ み が え る 星 だ か ら ぼ く ら は 両 手 を も っ て 生 ま れ た

{89F96ACC-7D03-4D21-819C-D620EB598DC0}

「カスパー・ハウザーの謎」

原題:Jeder Fur Sich und Gott Gegen Alle
公開:1974年
製作国:西ドイツ
監督:ヴェルナー・ヘルツォーク
脚本:ヴェルナー・ヘルツォーク
出演:ブルーノ・S
         ワルター・ラーデンガスト


19世紀最大のミステリーと言われた、カスパー・ハウザーの物語。



1828年、ニュルンベルクの広場に突然現れた少年。


手紙を握りしめ立ち尽くしていた彼は、歩くことも話すこともままならなかった。


人々の好奇の目に晒されながらも、教育を受け、驚異的な速さで言葉を覚えていったカスパーは、発見されるまでのことを少しずつ語り始める。



16歳まで牢に入れられ、なんの教育も受けなかったという彼の境遇は、誰もが「かわいそう」と思うものだろう。


しかし劇中の彼に悲壮感はない。それどころか、牢の方がましだと言う。


確かに牢の中では行動は制限されていた。しかし彼の思考は制限されていなかった。


周りの人々が彼を人間らしくしようとすればするほど、彼は牢に繋がれていた以上の生きづらさを感じていたのかもしれない。



実際、彼が持っていた研ぎ澄まされた感覚は、普通の生活や食事に慣れていくにつれ、失われていったそうだ。


進化とは。教育とは。人間の本質とは。様々なことを考えさせられた。


「謎」とついているが、色々な憶測が飛び交い名前だけがひとり歩きしてしまった彼を、ひとりの人間として優しく映し出した作品だった。






{201E980E-4788-49A8-8EB6-B2BF2FCEE054}

「サウルの息子」

原題:Saul fia
公開:2015年
制作国:ハンガリー
監督:ネメシュ・ラースロー
脚本:ネメシュ・ラースロー
         クララ・ロワイエ
出演:ルーリグ・ゲーザ
         モルナール・レヴェンテ


ナチス・ドイツ時代、強制収容所には「ゾンダーコマンド」と呼ばれるユダヤ人たちがいた。


彼らに命と引き換えに課せられたのは、同胞たちの死体処理という仕事だった。


アウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所でゾンダーコマンドとして働くサウルは、息子らしき遺体を見つけ、ユダヤ教に則り埋葬しようと奔走する。



凄い映画だった。映画全体がとにかく「徹底」していた。


徹底して主人公のアップだけを映し、説明もしない、音楽も流さない。息をするのも忘れるほどの緊張感が107分間続く。

「おまえにこの現実を見る覚悟はあるのか」と問われているような気分だった。



ビルケナウ収容所には、ハンガリーのユダヤ人が大量に収容され、彼らを「処理」するために900人ものゾンダーコマンドがいたとされている。


彼らもまた、3か月から1年で入れ替えが行われ、新人のゾンダーコマンドの初仕事は、それまでゾンダーコマンドをしていた人たちの「処理」だったそうだ。



彼らが自分の命が消されることより恐れていたのは、この事実が歴史から消されることだった。


だから隠れて写真を撮ったり実態を書き残し、瓶に入れて埋めた。


その命をかけた行動が、この歴史を今に伝えている。



四角く切り取られた画面。無表情な主人公の後ろでぼやけた背景。


多くを映さないスクリーンに、観客はそこに何があるのかを想像する。見ようとする。


しかし、それがもし鮮明に映されたらどうだろうか。


私達は想像をやめるどころか、目をそらしてしまうかもしれない。

監督は見せないことで見せたのだ。当時彼らが未来へ必死に残そうとした真実を。



その未来を生きている私たち誰もが、観るべき作品だと思う。








「サウルの息子」公式サイト




{F65608A0-9CA3-40AC-B21B-9659EFAFB481}

「歩いても 歩いても」

公開:2008年
製作国:日本
監督:是枝裕和
脚本:是枝裕和
音楽:ゴンチチ
出演:阿部寛
         夏川結衣
         田中祥平



ある夏の暑い日。横山家の次男、良多は妻子を連れて実家へ帰省する。


実家には姉とその家族もやってきて、久しぶりの家族の集合に、母のとし子は手料理の準備に大忙し。


どこにでもある家族の何気ない日常と、そこで交錯するそれぞれの感情を丁寧に描いた作品。


この作品の凄いところは、出てくる全員が主人公であるところだと思う。


一応次男家族が軸になってはいるが、全ての人物にしっかりと背景を感じることができる。


つまり、全員がちゃんと生きているのだ。



そして、死んだ人間も生きている。むしろ一番生きている。


画面には登場しないのに、会話には何度も姿を現し、この家の中心にどっしりと座っている。


それが空気として伝わってくるところが凄い。



是枝監督らしく、人の心の微妙な揺らぎが繊細に表現されている。


なんか、娯楽性やメッセージ性を求める映画たちが取りこぼしてきたものを、丁寧に拾いあげてるような感じ。


どちらがいいということではなく、その多様性こそが芸術の素晴らしさなのだと思う。


やっぱりこの監督、好きだ。





「歩いても歩いても」公式サイト