みなさま、こんにちは。
前回、猫がきっかけで
母と絶縁状態になった
前半の部分をお話ししました。
これまで母が怒りに任せて
怒鳴り散らしてくる時は、
なんとか宥めようとひたすら
謝罪し、機嫌を取り、真夜中じゅう
母の愚痴と文句からなる悲劇の演目に
付き合っていました。
それは、従わなければ今度は暴力や
嫌がらせでねじ伏せてくる恐怖を
避けるための苦肉の策。
過去に何度もこんな目に遭わされても
親戚からは
「そうは言っても親なんだから」
「姉とは絶縁しているんだから、
あなたのところだけがお母さんの
頼みの綱よね」
そんな言葉をかけられ続け
私自身も
「そうだよね、母には私しかいないから
私が付き合っていくしかないんだ」
と思い込んでいました。
その一方で、
母と絶縁している姉から
「あんたもあいつなんて
ほっとけばいいのに」
言われると
「あんたが絶縁してるから、
私がなんとかするしかないじゃん!」
と胸中不満でいっぱいだったのです。
私も、離れたかった
ずっとずっと、苦しかった
我慢に我慢を重ねて、自分の魂に
沿わないことをし続けてきた
これでもう解放されたんだ
昔のことに恐怖し、
悲しむ必要なんてないんだ
もっと早くこうしていればよかった。
母の暴挙に初めて抵抗したことに対する
罪悪感はありましたが、その罪悪感すら
不要なものであったと今では理解して
います。
その後、母からは何度も
メールや電話がありました。
謝罪をしながらも、
全て全て言い訳のオンパレード。
娘に対して怒鳴ったことも
覚えていないと。
いつもそう。
都合の悪いことは全て
「覚えていない」
で済ませるのです。
「もう二度と関わらない。
私と娘に執着して生きる意味を
見出そうとするのはやめて。
自分の人生を生きてください」
と返し、
そうすると今度は
「大金を分けるから
娘を連れて来なさい」
などという虚言を。
(通帳コピーして送れと言ったら
音沙汰なくなりましたが)
あぁ、この人とはどこまでいっても
何をしても分かり合えない。
それなのになんで私は
「なんとかしよう」
と頑張っていたんだろう。
そんな想いがふつふつと湧き上がり、
私を苦しめていたのは他でも無い
自分の母に対する執着であったことに
初めて気がついたのでした。
次回へ続きます。


