今日、ふと思った。

例えば好きな人が出来たとする。


私は、その時・・・

「好きな人が欲しいから、好きになったのか」

「その人だから好きなのか」

どっちなのだろうか?


今までは、恋をすることや恋人を作ることで自分の価値測ろうとした。

こちらの場合、前者が当てはまる気がする。


だけど今は、

「恋は人生をよくするための一つのアイテム(ツール)でしかない」

っと思うようになった。

となると、後者が当てはまる気がする。


「その人だから好き」

これは、その人のことを知っているからこそ言える言葉だ。

何も知らないのに、好きとは言えない。


っと言うことは、「気になる」程度なら、

好きかどうかはわからないし、

この時点では、恋はまだ始まっていないのと一緒だろう。

ここで、恋について思い煩うのは意味がないし、もったいない気がする。

だって、何も始まってないに等しいんだから。

相手だって、こちら側を意識してないくてもしょうがない。

ある意味それが妥当だろう。


だから嫌われる嫌われない、好き好きじゃないとか、

相手がどう思っているかみたいな事を考えるより、

自分がどうしたいのかに目を向けて、

楽しい方向に進むようにイメージしてみるほうが良いと思う。



恋することは、花を育てるのに似ているのではないかと思う。

花の種を蒔く時、私はその花が咲くことを知っている。咲くと信じている。

でも、キレイな花を咲かすためには、

適度に水や肥料、太陽の光や夜の闇を与えないといけない。

あげなすぎても、あげすぎてもよくない。

大事なのは、「適度に与え、成長するのを信じて待つこと」


「気になる」と言うのは、きっと新芽のようなものだ。

その新芽に水や栄養ををあげ、ゆっくり成長するのを心待ちにする。

それは本来、わくわくするもの。


「好き」は、蕾の段階かな。

電話したりメールしたり、デートしたりしながら相手のことをどんどん知っていく。

知れば知るほど好きになって、想いがどんどん膨らんでいく。

そして、相手のことがわかってきたなら、

お互いが何を求めてるのかに目を向けて、

それにあった量の水や栄養を与えていけばいい。

時には、なかなか蕾が成長せずに、やきもきしたり

本当に咲くのかどうか不安になったりするかもしれない。


そして最後は「両想い」

ようやくキレイな花が咲く。

それは、二人でしか咲かすことのできない花。

二人だけの色や形。


どのくらいで花が咲くかは、それぞれ違う。

わたしは、どんな花が咲かせたいのだろう?

私に合った種を見つけたいな。