「また会えるよ」


確かにあの時あの空間に放たれた言葉。


だけど、2ヶ月経った今。


この言葉にあったはずの未来が見えない。



存在というのは、片方だけの想い成り立つものだろうか?

こちら側がどんなにその存在を感じていても、

何かを発信しても、

あちら側にとってこちら側の存在がすでに消えていて

受信しなければ、こちら側の存在はないのと一緒。

どんなに叫んでも、大きく手を振っても相手には見えていない。


だから、人間対人間に関して”存在”は相互関係によって成り立つ。

こんなことを考えるとなんとも言えない感情が現れる。

気持ちの収めどころがなくて、想いが宙を舞う。


それでも少しの希望を持ちたい。

人間は、毎日経験を繰り返す。

日々その一瞬一瞬、1つ1つが今の私を作ってる。

たとえ、そのときのことを鮮明に思い出せなくても、

私の行動や思考回路の片隅にきっと残っていて、影響を与えているはず。


存在だけが全てじゃない。

姿かたちは見えなくても、想いが届かなくなっても、

あの人の中にもきっと私は生きて、その人を作っている。

私の中にもきっとあの人は生きていて、私を作ってくれている。


出会いと別れ。

それは1人じゃないという証かもしれない。