早いものでもう1年が経った。

あれから、彼と1度キャッチボールをする、ということが

ぼくの課題となっていた。

 

この春から彼は東京の大学に通い始めた。

田舎町から出てきた彼の最初の課題は、

都会の生活サイクルへの順応。

しかも、ぼくの両親、つまり彼にとっての祖父母宅に

下宿することになったので、その大変さは想像に難くない。

ぼくはしばらく声をかけずにいた。

 

 

 

夏になった。

前期試験が終わったというので、彼に連絡をとった。

彼の試験の後は、ぼくの課題である。

 

休日朝6時、グローブを持って品川駅集合。 

目的地は横浜の関内。

それ以外は何も言わなかったので、

当日彼は、ベイスターズのデーゲームでも観るような

感覚でやってきたんだと思う。

もともとあんまり喋る子でもないし、

ぼくも本来は無口な人間なので、

横浜に向かう東海道線の中ではほとんど会話もなく、

6時40分ごろ関内駅に到着。

目の前に鎮座するスタジアムを見て、

彼はひと言 「おお~」と唸った。

 

 

スタジアムに向かうと、

「あ、なんか行列ができてる」

と彼が言った。

「今日の企画はあれです」

とぼくは答えた。

「なんだなんだ?」

と彼が言った。

 

DREAM GATE CATCHBALL

横浜スタジアムではベイスターズのナイター開催日の朝、

外野エリアが一般開放されてキャッチボールができる日がある。

今日はその日。

時間は朝7時から8時半までの90分間。

投げ放題である(笑)

ぼくは自分の課題をここでクリアしようと考えたのだ。

 

「いい企画だね」

と彼は言った。

横浜スタジアムの開催企画を誉めたのか、

ぼくのたてた企画を誉めたのかはわからない。

 

7時にバックスクリーン裏のドリームゲートが開門。

「8時半までできるけど、どれくらいやる?」

と聞くと、

「最後までだね。」

と彼はにやりと笑った。

 

高校で彼はライトフィールダーだった。

ぼくも草野球ではライトだった。

甲子園出場者と草野球のライトは意味が大きく違うが、

当然我々が向かうのは同じライトフィールド。

彼は人工芝を踏みしめてみたり、手のひらで撫でてみたり

グラウンドの感触を味わった後、

ホームベースの方向をじっと見ていた。

 

さて課題開始。

前日、ふろ場でごしごし洗った白い軟球を放る。(硬球は禁止)

近距離から始めて、徐々に距離をとっていく。

こちらはもう何年もボールを握っていなかったので慎重に投げる。

ボールが空を切るシュゥゥゥという音が心地よい。

肩も痛くないぞ。

ところが、体力が思っていたほど無かった…(涙)

20分もやっていたら腰から下がへろへろになってしまい

軸がぶれぶれ。

「疲れた、休憩っ」

強制的に休憩にしてフェンスの日陰で水分補給。

「ぼくはぜんぜん平気。」

彼はけろっとしている。

若いっていいなあ。

 

 

 

その後は前後にフライを上げたり、左右にゴロを転がしたり、

フェンスいっぱいに投げてジャンプ・激突させたり、

彼をなんとか疲れさせようと悪あがきをしながら

8時半の退場まで目いっぱい汗をかいて終了。

下半身は動いていたら馴染んできたけど、

グローブをはめた左手の中指が腫れていた。

いつのまにかもうほとんど大人になってるから

ずっしり重いボールを投げていたな。

 

スタジアムを出た後、木陰で汗をかいたシャツを着替えながら

「あー楽しかった」

と言っていたから、企画成功ということで

ぼくの課題も終了。

ただ、以後3日間、肩が痛いのにはマイッタ。

 

彼はこちらでも元気にやってます。