それからも作業は依然としてはかどらなかった。やっと、タイトル

を決め、大まかなあらすじを設定しただけだ。それも、五日間かけて。

 やる気なんて当の昔に燃え尽きていて、ただ、自分への情けなさがつのっていくだけだった。

 気晴らしに近くの公園にでも出向いてみよう。俊は考えた。そうすれば、頭がリフレッシュし、何か良いアイディアが思いつくかもしれない。

 今は十二月で季節は冬の真っ只中。しかも、異様に寒がりの俊は、かなりの厚着をして外に出た。

 今朝から気付いていたが、辺り一面つきで覆われていた。思わず、川端康成の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という「雪国」の冒頭部分を連想してしまう。相当着込んだ筈なのに、とても寒く感じられた。吐く息が白く見える。

 駐車場を出て右に曲がり、ゆるやかな坂を上る。この坂は通称「猫坂」と呼ばれている。その名の通り、猫が頻繁に姿を見せるからだ。しかし、その中でも黒猫が頻繁に現れるため、俊は密かに「不吉坂」と呼んでいた。これを大学の後輩で、交際相手でもある高見沢香織に話したら「ネームセンス悪ぅ~」と笑われた。そして、「気味悪いねー、それ。私に悪運移さないでよっ」とも。俊はシュンとなってしまったものだ。……洒落ではなく。

 そうして、やがて公園に着いた。気晴らしのために来たものの、いざ着いてみると一体何をしたら良いのか判らない。俊は取り合えず、公園の端っこにポツリと居座っているブランコに向かった。

 ブランコなんて、小学校低学年の時以来である。元からバランス感覚の悪かった俊は何度ブランコから落っこちたものか。一時期、担任の先生に「永沢君はすぐに落っこちるからブランコ使っちゃダメ!」と言われたほどだ。あの時はしつこいまでに抗議し、泣きわめいたものだ。ついに承諾が降りなくて、休み時間、先生に見つからないようにこっそり乗ったことは今でも鮮明に覚えている。その後、同級生の女子に告げ口され、先生にこってり絞られたが。

 ブランコは位置の高いものと低いものがあり、俊は低い方に腰掛けた。幼い頃、いつも教室で一番背の低かった俊は高いブランコに乗ることが出来ず、いつも低いほうを使っていたため、思い出が深かったのだ。

 ザザッ

 その時、公園の中央の砂場の方から、音がした。続いて、男の子の顔の半分が見えた。どうやら、俊と砂場の中央に立ちはだかる滑り台のせいで、そこにいるのが気付かなかったらしい。ブランコから身を乗り出して見る角度をずらすと、丸眼鏡をかけた、ちいさい男の子が砂の上に膝立ちに経っているのがわかった。合わせられた両手の中に、何かを閉じ込めている様だ。何が入っているのだろうか? 

 その疑問はすぐに解けた。

「あっ」男の子が短く叫んだかと思うと両手の隙間から何かが逃げ出した。トカゲだ。

 トカゲはチョロチョロと走りながらブランコの方に走ってきた。と、そこで俊の靴の目の前まで来ると方向を変え、また走り出す。俊はブランコから立ち上がると、急いでトカゲを追いかけた。小さい頃、よく友達とトカゲを捕まえた事もあり、その腕前は確かなものである。あっという間に、逃げまどうトカゲを捕まえると、男の子に手渡した。「はい。次からは逃げ出さないよう、気をつけろよ」

「あ、ありがとう、おじさん……」男の子は少し戸惑いながらもしどろもどろに言った。

 おじさんって……。俊は困惑した。俺がそんな年に見えるか? 勿論、男の子は別に悪気があって言ったわけではなく、純粋に感謝の気持ちを伝えたのである。ただ、それでも「おじさん」という発言は俊に少なからずショックを与えた。男の子服はお母さんの手作りなのか、右上に青色で「NAOYA」と大きく刺繍が縫われていた。どうやら、直也というらしい。別に、興味はないが。

 俊は無理やりニッコリと微笑むと「どういたしまして」と普段あまり使った事のなお返しの言事を述べ、公園を後にした。