一週間後。やはり机に向かって、なかなか進まない筆と悪戦苦闘していると。

『ある~日、森の~な~か、熊さ~んに……』ズボンの右ポケットの中で音楽が鳴り響く。俊の携帯の着メロだ。『森の熊さん』なんて、別に俊の趣味ではない。香織に携帯を貸したら、いつのまにかこの着メロになっていたのだ。

 電話はその香織からであった。こちらは、別の意味で電話番号を暗記している。

「もしもし、シュン?」こちらが「もしもし、俺だけど何の用?」と尋ねる前に威勢の良い声が電話の向こうから聞こえてきた。

「そうだけど。どうした?」

「うん、あのね、シュンにも息抜きが必要かな~と思って。どう、原稿のほうは進んでる?」

「……あのさあ、それさっきも編集担当の奴に言われたんだけど」

「あ、そうなの?ゴメン」

「いいよ、別に。ただ、段々お前もあいつのようになってくンのかなあって、さ」

「冗談言わないでよ」ふふふ、と彼女が笑うのが聞こえてきた。

「いや、マジで思ったんだ」俊もつられて笑った。

 すると、突然何かを思い出したように香織が言った。「あのねあのねっ。今日、隣の部屋に住む田中さんっていうオバサンから聞いたんだけど、なんかうちのマンションの二〇七号室に在住する滝村っていう人の家の小学二年生の男の子が、昨日から行方不明なんですって。警察にも捜査を頼んでいるらしくて、結構大事なのよ」

 ふうん。俊は相槌を打った。別に、たいして珍事だとは思わなかった。中二のとき、母と喧嘩をして家出し、そのまま三日四日返ってこなかったことなどしばしばある。小二とは少しわけが違うが、そこまで大差ないだろうと思ったのだ。

 しかし、次の言葉を聞くと飛び上がった。

「直也君って子なんだって。丸い眼鏡をかけた少し性格の変わった男の子らしいわ」

 丸眼鏡をかけた直也君!?それって、昨日公園でいたあの子じゃないか!

 俊は昨日の公園での出来事を、簡単に香織に説明した。

 すると、彼女は少し驚いたように「マジ?」と言った。

「うん。多分その子であってると思う」

 公園から香織のマンションまで、そう遠くない。子供でも普通に来られる距離だ。何しろ、俊と香織は大学時代、毎日一緒に同じ電車で通学していたのである。

 変わっていると言ったら、変わっているかもしれない。なぜ、そう思うのか、自分でもよくわからないが。

「あ、『おじさん』か……」俊は直也にそう呼ばれたのを思い出し、ボソッと呟いた。しかし、他の子供でも俊位の年頃の人のことを「おじさん」と呼ぶわけであり、これは俊の単なる思い込みに過ぎない。しかし、本人はそれで無理やり納得してしまっていた。

「じゃあね」

「じゃね」携帯を切り、俊はコートを羽織ると前の公園に向かった。

 もしかしたら、また直也に会えるかもしれない、そう思ったからだ。



 俊がシュン……じつは前々からこれが言いたかったんです!

 でも、何か空しい……。

すいません。

海辺の思い出でですね、分岐すると前に書いたのですが~。

一つは単なる「海辺の思い出」で、もう一つが「海辺の思い出B」と言う形になります。

それでなんですけど~、「海辺の思い出B3」って書くはずだったやつが、「3」が抜けちゃったんですよね。

すいません!ほんっと判りにくいと思いますけど・・・・・・。

 それからも作業は依然としてはかどらなかった。やっと、タイトル

を決め、大まかなあらすじを設定しただけだ。それも、五日間かけて。

 やる気なんて当の昔に燃え尽きていて、ただ、自分への情けなさがつのっていくだけだった。

 気晴らしに近くの公園にでも出向いてみよう。俊は考えた。そうすれば、頭がリフレッシュし、何か良いアイディアが思いつくかもしれない。

 今は十二月で季節は冬の真っ只中。しかも、異様に寒がりの俊は、かなりの厚着をして外に出た。

 今朝から気付いていたが、辺り一面つきで覆われていた。思わず、川端康成の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という「雪国」の冒頭部分を連想してしまう。相当着込んだ筈なのに、とても寒く感じられた。吐く息が白く見える。

 駐車場を出て右に曲がり、ゆるやかな坂を上る。この坂は通称「猫坂」と呼ばれている。その名の通り、猫が頻繁に姿を見せるからだ。しかし、その中でも黒猫が頻繁に現れるため、俊は密かに「不吉坂」と呼んでいた。これを大学の後輩で、交際相手でもある高見沢香織に話したら「ネームセンス悪ぅ~」と笑われた。そして、「気味悪いねー、それ。私に悪運移さないでよっ」とも。俊はシュンとなってしまったものだ。……洒落ではなく。

 そうして、やがて公園に着いた。気晴らしのために来たものの、いざ着いてみると一体何をしたら良いのか判らない。俊は取り合えず、公園の端っこにポツリと居座っているブランコに向かった。

 ブランコなんて、小学校低学年の時以来である。元からバランス感覚の悪かった俊は何度ブランコから落っこちたものか。一時期、担任の先生に「永沢君はすぐに落っこちるからブランコ使っちゃダメ!」と言われたほどだ。あの時はしつこいまでに抗議し、泣きわめいたものだ。ついに承諾が降りなくて、休み時間、先生に見つからないようにこっそり乗ったことは今でも鮮明に覚えている。その後、同級生の女子に告げ口され、先生にこってり絞られたが。

 ブランコは位置の高いものと低いものがあり、俊は低い方に腰掛けた。幼い頃、いつも教室で一番背の低かった俊は高いブランコに乗ることが出来ず、いつも低いほうを使っていたため、思い出が深かったのだ。

 ザザッ

 その時、公園の中央の砂場の方から、音がした。続いて、男の子の顔の半分が見えた。どうやら、俊と砂場の中央に立ちはだかる滑り台のせいで、そこにいるのが気付かなかったらしい。ブランコから身を乗り出して見る角度をずらすと、丸眼鏡をかけた、ちいさい男の子が砂の上に膝立ちに経っているのがわかった。合わせられた両手の中に、何かを閉じ込めている様だ。何が入っているのだろうか? 

 その疑問はすぐに解けた。

「あっ」男の子が短く叫んだかと思うと両手の隙間から何かが逃げ出した。トカゲだ。

 トカゲはチョロチョロと走りながらブランコの方に走ってきた。と、そこで俊の靴の目の前まで来ると方向を変え、また走り出す。俊はブランコから立ち上がると、急いでトカゲを追いかけた。小さい頃、よく友達とトカゲを捕まえた事もあり、その腕前は確かなものである。あっという間に、逃げまどうトカゲを捕まえると、男の子に手渡した。「はい。次からは逃げ出さないよう、気をつけろよ」

「あ、ありがとう、おじさん……」男の子は少し戸惑いながらもしどろもどろに言った。

 おじさんって……。俊は困惑した。俺がそんな年に見えるか? 勿論、男の子は別に悪気があって言ったわけではなく、純粋に感謝の気持ちを伝えたのである。ただ、それでも「おじさん」という発言は俊に少なからずショックを与えた。男の子服はお母さんの手作りなのか、右上に青色で「NAOYA」と大きく刺繍が縫われていた。どうやら、直也というらしい。別に、興味はないが。

 俊は無理やりニッコリと微笑むと「どういたしまして」と普段あまり使った事のなお返しの言事を述べ、公園を後にした。