生観日記(奈落の罪 ~自己を見つめて~) -3ページ目

生観日記(奈落の罪 ~自己を見つめて~)

人間とは何か?正解はあるのか?悪と共存する私の心は果たして救われるのか?自己を被写体として筆を綴った日記。ひしげる心、メンタル面の変化を見つめ、死後も何かを訴え続けたい。



令和7年(2025年)4月17日(木)
(※一部、追補しました。)
いよいよ、令和7年度がスタートした。我々
の社会では色々な数のスタートがある。1月
1日元旦が1年の始まりとする場合もあれば
、4月1日を起点とする場合もある。誕生日
を年齢のスタート(満年齢)とする場合もあ
れば、元旦が来て年齢を重ねる(数え年)の
場合もある。人が亡くなれば、命日だの三回
忌だの七回忌だと言った大切な節目もある。

令和7年は戦後80年の節目でもある。私自
身も新たな仕事のスタートの年だ。と言って
も再び委託にて警察関連のやり慣れた仕事を
警視庁(東京)以外で携わる。私のような何
の取り柄もなく潰しの利かない人間は、なか
なか他業界では使い物にならない。

さて昨今、色々と社会は激しく動いていて日
本の治安や人心の荒廃が目に見えるように危
うくなって来ている。やはり今一度、自他の
生命の尊さに想いを感じるのである。

先ず印象的だったのは、熊本県警玉名警察署
の巡査だった渡辺崇寿さんの長時間労働によ
る一連の自殺報道だ。まだ24歳、これから
の男性警察官だった。

(くまもと県民テレビの記事 令和6年12
月3日)

(共同通信の記事 令和7年3月28日)

(FNNプライムオンラインの記事 令和7
年4月6日)

(渡辺崇寿さん 享年24歳)

渡辺さんについて、熊本地裁は令和6年12

月、常態化していた長時間労働が自殺の原因

だと認めて熊本県に約6200万円の支払い

命じる判決を出した。


渡辺さんは玉名署の刑事課に配属されており

、時間外労働については最長で月185時間

30分と言う過酷な労働を強いられていたと

言う。警察官は公務員であって、時間外労働

については労働基準法第33条3項により、

残業時間の上限は月45時間、忙しい部署で

は月100時間未満とされている。


しかし、警察官が労働基準法通りに運用され

ていたら、とても事件捜査は出来ない為、グ

レーゾーンと言うのが実情だろう。しかも、

年々、警察官の数が減っているので余計に負

担があるに違いない。


但し、渡辺さんの場合、かなり異常な勤務実

態で、彼に仕事が集中していた気がする。仮

に、本人にやる気があって、自分から申し出

たとしても刑事課長や直属上司の係長なりが

月100時間未満に抑える勤務配置をする等

の配慮をすべきなのではないのか。熊本県警

側は、渡辺さんが産業医の受診を希望してい

なかったことなどを挙げて、自殺が予見でき

なかったと主張していた。要は、渡辺さんに

産業医の受診を勧めた者がいたと言うことな

のだろう。勧めたが希望しなかったと言うこ

とだ。何故勧めたのか、それは渡辺さんの体

調の変化を感じていたからだ。熊本地裁の品

川裁判長は「過剰な業務の実態を知れば心身

の健康を損なうことは知りえる」として、県

警側の主張を退けた。


熊本県警察の全23警察署の中で玉名警察署

がどの程度忙しく事件事故が発生しているの

か定かではないし、又は各課・係の人員数も

分からないので何とも言えないが、どうして

こうなったのか検証する必要があると思う。

ただ、ヒト・モノ・カネが絡むことは警察は

なかなか言い出せない雰囲気があると聞く。


昨今、多くの都道府県警察本部では職員のメ

ンタル面の配慮から、健康管理部等に専門の

職員を置くところがあるが、警察官の一般的

体質からして、そうした部署に相談する人が

どの程度存在するのだろうか疑問だ。また、

部外の病院を受診するのは更に難易度が高い

だろう。渡辺崇寿さんも部内外の受診を躊躇

っていたと思うのだ。勿論、相談して問題解

決が出来た人もいると思うが、相談せずに心

に問題を抱え込んでいる警察職員は潜在的に

かなり存在するはずだ。それは、精神的な弱

さは警察官として致命的だと言う誤った認識

が堅持されているからだろう。警察官の休職

率は学校の先生よりもやや高い。


熊本県警に限らず、長時間労働では静岡県警

察官の事案や、最近では下に掲載したが、神

奈川県警宮前警察署の巡査による拳銃使用の

自殺にも衝撃を覚えた。いずれにしても、渡

辺崇寿さんや宮前署の拳銃自殺した警察官に

しろ、警察の仕事を好きになり、受験をして

採用され、その業務過程で絶望して希死念慮

を発してしまう。これは警察にとって致命的

なことだと思う。警察官自身が希望と勇気、

愛情を失い、どうやって国民に希望や勇気を

与え、正義を語ることが出来るのか。


(日テレNEWS NNNから)

(テレ朝NEWSから)

何故、部内の専門医にかからないかと言えば

、組織対応を常とする為に、部内の専門医の

治療を受ければ、間違いなく自分の上司に報

告が上がってしまう。上司に悪気はないと思

うのだが、その治療内容は当たり前だが、下

位の警察幹部に情報共有がされて、署長や副

署長をはじめ、本人が所属する課長なり係長

にも伝わるだろう。確かに、幹部が承知して

いなければ改善されるものもされないだろう

から当然ではあるが、幹部の度量と様々な成

功や失敗体験を学んだ人でなければ悩む部下

に寄り添うのは難しいだろう。同時に、人に

よっては上司や同僚に迷惑を掛けてしまうと

思い、情報共有が逆に具合の悪化に繋がって

してしまう場合もある。


警察署では署長や副署長が最高責任者であり

、職員の身上把握をしなければならないのは

当たり前ではあるが、一人一人を把握して、

その悩みを解決するのは不可能だろう。やは

り、その人物の身近な上司である課長や係長

が配慮するしかないのが実情だと思う。


だが、正直、自分の課なり係から問題ある職

員が出ればその上司の能力不足とされるので

、それ以上は見て見ぬふりフリをするか、異

動させてしまうだろう。まして、署長や課長

よりも、署内で幅を利かせる人物がいた場合

は、決定権が歪んでしまう。私自身、警察の

委託の仕事で統括責任者をやっていた当時、

代行者の意見を過大に尊重してしまった為に

歯車を狂わせてしまった失敗がある。これに

よって新任者の多くが離職してしまった。原

因は代行者のパワハラだったが、私はそれを

見抜けずに代行者が仕事(指導教養)熱心で

責任感があるからだと思ってしまい、新任者

の見えない訴えを軽視してしまった。だが、

その裏で先任者と新任者の溝が深まり、モチ

ベーションも低下し、業績にも悪影響を与え

てしまった。


では何故、代行者はキツく新任者を指導教養

したのかと言えば、実績を挙げて上から評価

されたい、実質的な組織の指揮命令者になり

たいと思って、私の指示等を実際とは異なる

ことを現場で隊員に指示していたようだ。そ

れに不満を示す隊員をパワハラしていたらし

いのだ。薄々気がついていたが、休日に新任

隊員から直接電話を受けた時には既に取り返

しがつかない事態になっていた。更に、ミス

があっても私には報告するなと言っていたよ

うだ。新任者の現場でのミスは代行者のミス

でもあり、自分に不利な評価をされるのを心

配してのことなのだろう。また、隊員から見

て、私の風体は頼り無さもあり、積極又は消

極問わず心配で、結局、年齢的に上である代

行者に納得感は別にして従ってしまう要因だ

ったように思う。その意味で、私はリーダー

としての風格に欠け、その任に相応しい器で

はなかったと思うのだ。また、当時は母の入

退院も重なり、一人一人の隊員の身上把握ま

で気が回らなかった。その意味で、代行任せ

になっていたと思う。要は、私自身、こうす

べきだと言うことと、こうすると言うことが

頭の中で一致していない状態だったのだ。


熊本事案も神奈川事案も共に若者が悩みを抱

え、誰にも相談出来ずに命を捨ててしまった

。警察と言う他人の命を扱い、その尊さを知

る立場でありながら、自分自身が希望を失い

絶望を感じて命を絶ってしまった。マスコミ

に報道されてからの警察幹部のコメントは、

いわゆる広報マニュアルに沿った内容で発表

している。もう少し血の通った言葉が言えな

いものかと思うが、これも組織を重んじる公

務員の限界かも知れない。上司と言っても、

現実的にヒト.モノ.カネを動かせる裁量が

ない場合、その上司自身が精神的に追い詰め

られてしまう。国民生活全般に言えることだ

が、これまでの正社員としての終身雇用から

退職金がない契約社員が増え、年功序列から

能力評価になり、集団主義から個人主義にな

って来た。長所短所あるが、人にものが頼め

なくなった気がする。


そんな中、年々、警察官の募集で人が集まら

なくなっているらしい。まだまだ子供が将来

なりたい職業の上位には警察官が挙がるが、

実際に応募する人が減っているのだ。産経新

聞の記事によれば、全国の警察採用試験の受

験者数は平成25年の11万635人に対し

て、令和4年は5万8329人で、約10年

で半減したと言う。これは日本の治安に甚大

な影響が生じるのは間違いない。


警察官の数は都道府県で定員が大体決まって

おり、その定員に近づくだけ採用される。定

員に対して応募者数が多いほど倍率が高くな

り、少ないほど倍率が低くなって採用される

ケースも高くなる。


私は思うが、確かに警察官は一定の体力と知

識は必要だが、仮にAと言う能力が欠けてい

たとしても、Bと言う能力が極めて優良なら

ば採用して、その分野で活躍させれば良いと

思うのだ。採用後、交番勤務を一定期間経験

させた後、比較的早い段階で本人の希望と適

性ある分野に配置させてやるべきだろう。


4年前の令和4年における都道府県警察官の

数は、

全国      26万980人

1位 警視庁  4万4485人

2位 大阪府警 2万1327人

3位 神奈川県警1万5737人

4位 愛知県警 1万3596人

5位 兵庫県警 1万1759人

6位 埼玉県警 1万1696人

7位 福岡県警 1万1221人

8位 千葉県警 1万1073人

9位 北海道警 1万0640人

10位 京都府警 6625人


と言う結果だった。全国平均は約3000人

程度が中央値となる。例えば、長野県警察、

岐阜県警察、岡山県警察が3500人前後で

中央値に近い。


ベスト10は全て大都市警察であるが、1位

の警視庁と2位の大阪府警では2万3158

人もの開きがあり、大阪の2倍もの警察官が

首都東京の治安を守っていることになる。確

かに日本の中枢なので警備公安警察の要素が

高いからだろう。また、9位の北海道警察と

10位の京都府警察では4千人もの開きがあ

る。


もっと大変な事がある。それは警察官の負担

と言う点である。例えば、人口1万人当たり

の警察官の人数がそのまま警察官の負担とし

てイメージ出来ると思う。


警察官が一番国民に対応出来るのは、やはり

警視庁で人口1万人当たり31.55人であ

った。次は京都府警察の26.11人である

。人口比にすると、京都府警察は府民の対応

がそこそこ行き届くのかも知れない。続いて

、山口県警察、和歌山県警察、高知県警察、

大阪府警察と言う順になる。


では、一番厳しいところは何処かと言えば、

それは埼玉県警察の15.95人である。

これは治安維持に大きくマイナスでもあり、

しかも東京の直ぐ隣りの県である。都心へ

のアクセスも大変良い場所だ。その埼玉県が

47都道府県の中で一番警察官の負担が高い

と言う結果は大変心配だ。島根県や鳥取県で

はなく首都圏の中の埼玉県警察が県内の人口

から見て警察官の数が最も足りないのだ。首

都圏以外で警察官の人数を増やすべきは滋賀

県警察、宮城県警察である。


中央値は、人口1万人当たり警察官の数が概

ね19人前後だろう。19.5人前後で推移

しているのは、富山県警察、青森県警察、山

形県警察だった。


首都圏では他に神奈川県警察や茨城県警察も

警察官の負担率が高い傾向にある。千葉県警

察も成田空港の警備隊に人員を取られる為に

人手不足と言える。そう考えると、もう少し

きめ細かな警察官の定員数を設定した方が良

さそうだ。しかも、埼玉県は外国人の移民問

題が深刻になっている。今年は埼玉県警察の

新規定員数を上げたようだが、全員が無事に

卒業配置されるかは未知数だ。川口市を筆頭

に、言葉の通じない外国人の態度や行動に恐

怖感を感じてしまう市民が多いのは当たり前

だろう。外国人に対するトラブルは日本人同

士よりも難しい。私は川口市民ではないが、

外国人対策としてポケトークSと言う通訳機

を購入したほどである。そこそこの値段だが

、SIMカードを入れれば2年間はネット回

線で世界170か国の翻訳を会話形式でやっ

てくれる。かなりの精度であり便利なアイテ

ムだ。私の自宅の隣りや周辺にやたら外国人

が住んでいる。私にとって必須アイテムと言

える。いずれにしても、警察力が弱い場所で

は、外国人をはじめとした治安維持が極めて

難しくなるだろう。


(私のポケトークS)


(チバテレの記事から)

この時期、警察学校を卒業して第一線に出る
警察官のニュースが各地で話題になるのだが
、千葉県警では卒業をせずに途中で退職して
しまう人が問題になっている。以下は千葉日
報の記事だが、原因は色々だろう。こうなる
と、定年退職者の扱いも変えていかねばなら
ないだろうし、特に充てにしていた空港警備
隊や各警察署の体制にも影響が出るのは必至
だ。

(千葉日報の記事から)

確かに、警察学校入校前はその辺ですれ違う
若者達ちであり、手にはスマホを持ちゲーム
をやっている人物だ。その人間を一類の大卒
は6ヶ月、二類の短大卒や三類の高卒は10
ヶ月間で拳銃を持たせるまで教育しなければ
ならないのだから、教官達ちの負担は相当な
ものがあると思う。しかも警察の常識は一般
の非常識であり、警察でしか通用しない教育
も多々あるだろう。

私は真言宗豊山派を菩提寺に持つ一般信徒で
あるが、某雑誌に臨済宗円覚寺派管長、横田
南嶺氏の寄稿文があり、その中で横田管長が
、詩人で故・相田みつを氏の言葉を引用して
いた。私はその言葉を自分にも悩む人々にも
感じてもらいたいと思う。以下に記しておこ
う。
『これでいいということはないが、これが今
のわたしの精一杯の姿です』

長くなったので、続きは次回に書く。

(つづく)



令和7年3月13日(木)

日頃、あまり食べない冷凍食品を食べてみた
。たまたま視聴した人気ユーチューブ番組の
「エガちゃんねる」で冷凍食品ネタがあり、
上記写真のマルハニチロの「横浜あんかけラ
ーメン」が紹介され、番組主人公であるタレ
ントの江頭2時50分が試食した結果、かな
りの高得点で、その試食体験を述べていた。

(ユーチューブ番組 エガちゃんねる)

あまり冷凍食品を好んで食べないのだが、お
米が高いのでたまにはと思い、スーパーで買
ってみた。作り方は2通りあるが、私は電子
レンジと鍋を使った方法でやってみた。

(パッケージの裏 電子レンジと鍋の場合)

(袋から出した状態)

袋から出すと上記写真のように冷凍された麺
と具材がある。先ずは具材を電子レンジに指
定された時間チンする。その間、鍋に水を少
し入れて火にかける。煮立ったら、電子レン
ジから具材を取り出して鍋に入れる。

(具材を鍋に入れた状態)

まだ具材は半解凍であるが、それで良いらし
い。更に煮立ったら冷凍状態の麺を入れる。

(鍋に冷凍麺を入れて、ほぐす)

鍋に冷凍麺を入れたら、箸でほぐして馴染ま
せる。約2分で完成する。

(完成した『横浜あんかけラーメン』)

食べた感じは、江頭氏が番組中で述べた通り
に、トロトロ感があり美味しかった。スープ
も海鮮の味があり、普段はスープを残すのだ
が、このラーメンでは全て飲んでしまった。
冷凍食品がここまで進化していたとは思わな
かった。やはり日本人の技術とマルハニチロ
という会社の美味しさへの情熱は学ぶべきも
のがある。

私が最近入手した雑誌に「致知」というのが
ある。書店では扱いがなく、直接、出版社に
電話をして購読手続きをしなければならない
ようだ。雑誌タイトルにもある通り、人間学
を学ぶと言うコンセプトである。それぞれの
経営者や創設者、仏教界、スポーツ界等で名
を馳せた人々の考え方が掲載されている。

(雑誌『致知』2024.10 表紙 王貞治氏)

(雑誌 『致知』2024.10から)

やはり、人かたの人物ともなれば、人間の深
い部分を知り、組織を動かしていることが分
かる。上記は未来工業相談役の山田雅裕氏の
寄稿文の一部である。勿論、私のような人間
が雑誌を読んだからと言って人徳が涵養され
る訳ではないが、大事なことが多々掲載され
て良い雑誌だと思う。

マルハニチロの経営者が掲載されたことがあ
るのか分からないが『エガちゃんねる』のリ
スナーからの評判も高いラーメンであること
からも、研究に研究を重ねて販売まで辿りつ
いたことが分かる。

(ユーチューブ番組 エガちゃんねるから)

たかがラーメンなのだが、自分の会社の発展
とお客を満足させて笑顔にする為に社員が目
標に向かって心を一つにする。これが日本人
なのだろう。

つづく



令和7年(2025年)2月25日(火)
手相について第380号の日記で触れた。あ
れから、少しYouTubeで手相に詳しい
動画を視聴してみた。たまたま私のスマホ画
面に出て来たのが、
「開運『大和易チャンネル』」
「もいもい」
という人が作成した動画だった。手相の信憑
性については正直分からないのだが、思い当
たることが多々あるので、一応何らかの法則
に基づいて研究がされているのだろうと思う

(YouTube 開運『大和易チャンネル』)

(YouTube もいもい)

先ず、私の左右の手相を貼付しておく。右手
については第380号でも載せたが、いわゆ
る神秘十字線なるものが刻まれていることを
述べた。更に、良く観察すると人差し指の下
に聖職紋と呼ばれるものがあることが分かる
。組織内の指導者の役割があるということら
しいが、確かに私の人生では、自動車教習所
の教官やら警視庁の委託による民間組織内の
責任者を経験したが、いずれも人徳の無さも
あって中途半端で退職した。従ってリーダー
としての資質が私の人間性からして備わって
いるとは甚だ思わないが、パイは決まってい
るので誰でもそのポジションに就けるわけで
はないことを考えると、手相による御加護も
あったのではないかと思う。

(私の右手相)

同時に、神秘十字線では適職が医療関係者で
あったり、警察官であったりとされることか
ら、確かに幼少から警察の仕事に対して極め
て高い関心があったことは間違いなく、私の
仕事の選択に強い影響をもたらしている。ま
た、通常、仏眼は親指に出るが、私の場合は
中指と薬指に仏眼崩れがある。

左手を観察すると、薄くではあるが、やはり
神秘十字線が刻まれていた。この神秘十字線
は左右関係なく、一般的に神仏への帰依が強
い人に現れると言う。これも符合するところ
があるのだ。菩提寺は勿論だが、靖國神社等
の神社仏閣への参拝は高い頻度で行く。それ
も前もって計画して参拝するのではなく、突
然の思いつきで行きたくなるのだ。

勿論、京都や奈良となれば前もって計画しな
ければならないが、近隣の神社仏閣へは思い
つきで行く。

(私の左手相)

(現在も作成中の交通教案資料)

とにかく、私が思うには、人生の好調期も不
調期もあれど、今、この肉体が魂と合併した
状態で生かされているのはご先祖様のお陰だ
と感謝している。
「もっとこんな人生が・・・」
と思うのも人間の本音ではあるが、人生その
ものは苦しみが大半なのだから、今やそんな
欲あることを考えているわけではない。また
事情はどうであれ、自分の家族・身内に殺さ
れて人生を終えてしまう人も世の中には存在
するから、安易には言えないが、それでも基
本的にはご先祖様あっての私である。恐らく
、真面目に働いて社会に貢献したご先祖様も
いれば、家族や他人を不幸に突き落としたご
先祖様もいることだろう。玉石混淆なのがご
先祖様だ。その総ての血を引き継いで私がい
る。

(川越成田山にて)

そして、私自身は恐らく子孫を残さずに現世
を去ることになるだろうが、この現世は肉体
と魂の合併した世界である。仏典の般若心経
でも分かるように、人間の姿は「色即是空、
空即是色」だと説く。私がこの言葉を初めて
聴いたのは仏典ではなく、歌手のアンルイス
が歌った
「FOUR SEASONS」
という楽曲である。言葉の意味は「四季」で
ある。春夏秋冬という意味だ。

(アンルイスFOUR SEASONS ビクター)

作詞した湯川れい子氏は「色即是空」の部分
を「四季即是空」と言い変えている。なるほ
ど、肉体ある現世では眼耳鼻舌身のいずれか
で四季を感じて生きている。それは『色』で
あり、人間の本質である。

同時に『空』は何も無いのではなく『空』と
いう宇宙の本質に繋がっているのだ。人間の
本質と宇宙の本質は表と裏の一対の関係を形
成し輪廻を繰返しているのだろうと思う。肉
体と魂(精神=心)は対なのだ。多くの般若
心経解説書によると『空』は実体がないのだ
から、生じないし滅しない、増えないし減ら
ないと説く。しかし、それだと人間と宇宙、
肉体と精神(心)が断絶してしまう。『空』
もまた実体があるのである。実体があるから
こそ、不生不滅、不垢不浄、不増不滅と続く
のである。そもそも『空』がゼロならば何を
掛けてもゼロなのだから不生不滅・・・と断
りを入れる必要がない。

般若心経に詳しい岩根和郎(いわねわろう)
氏は『空』の基本三特質として、永遠性、絶
対性、普遍性を説いている。私もそう思う。
『空』は何も無いのではなく、この世とあの
世を結ぶ重要な役割があり、魂の世界では肉
体を持つ実在と姿形が見えない非実在の両方
の移動を繰り返す存在なのである。

更に言えば、神仏はそれぞれの国で盛んにな
った歴史上の信仰対象がある。仏教、キリス
ト教、ヒンズー教、ユダヤ教等など。しかし
、究極の根本信仰対象は宇宙である。人間は
宇宙と一体の存在である。従って、人間の精
神がズレて来れば、宇宙の一つである地球の
自然現象もズレて来るのである。私はそう思
うのだ。

(浅草寺にて)

今、日本に限らず世界の政治が混迷して秩序
が崩れて行こうとしている。崩れるというよ
りも、再構築されようとしてパワーバランス
が崩れているのである。人間社会、組織も個
人も全て選択によって方向が決まる。国家の
選択、個人の選択、様々な部分はあるが、そ
の再構築する過程で生き延びることが出来る
のかが問題である。

政治家も官僚も真剣に国家国民の行く末を考
えてはいるのだろう。しかし、今や国際貿易
等で国家は日本国だけで動けない現実がある
。食糧・エネルギー自給率も他国に比べ低い
。その負の現状から国際社会で日本が生き残
る手段を考えるのは容易なことではないだろ
う。しかし、国民の幸せなしに国家も国益も
あったものではない。

(川越成田山にて)

そんな中、最近は新党が立ち上がってはいる
が、当事者らが自覚しているかいないかはと
もかく、政治をそれぞれの人間関係の好き嫌
いをベースにしたエンタメ、空気感の醸成の
一貫として運営しているように見える。彼ら
の運営の先には総国民の生命・身体・財産・
国益という使命が厳しく横たわっていること
を何処まで認識しているのだろう。

しかし、彼らが発する美辞麗句や空気感の言
葉の節には、具体的な国民の利益や国益とは
無縁なもの、害悪なものが含有されていて、
それをエンタメの表現を用いてB層の支持者
層の心情を触発して命の時間を消費してしま
っている。肉体ある現世の時間は精々、80
年〜85年だろう。そのうち社会で活動出来
るのは大凡60年前後しかない。

今の政治家に足りないものは何か?それは言
葉を超える具体的な存在感・安心感である。
言葉の整合性で納得感があっても、それはあ
くまで二次的なものでしかない。正義と不正
、勿論、不正は淘汰されるべきである。しか
し、行き過ぎた正義が必ずしも社会や人間を
幸せにするとは限らない。

正義の中に慈悲、慈愛というものが感じられ
れば良いが、今の正義にそれがあるのだろう
か。インターネットやSNSの世界が発達し
、誰もが自己の正義を語り、自己の正義の正
当性を語る。そこからズレる表現は不正とな
り、常軌を逸した集団による弾圧対象となる
。最早、共産主義、独裁の様相を呈している
ように見えるが、100か0かの思考を続け
ていれば価値観の多様性、表現の自由の名の
下、人間の住みにくい場所となる。

(日光東照宮にて)

勿論、人間が自信を得る為には自己の中に、
「こうあるべき」という確固たる信念が必要
だが、行き過ぎた正義のその先にあるものは
『死』である気がする。肉体の死であり、精
神の死である。

手相の日記から脱線してしまったが、今、日
本人の魂の終焉が近づいているという危機感
にどうしても黙っていられなかった。国家に
とって最早、足手まといの私が大上段に書い
ても虚しいのでもうやめておく。

 (つづく)