生観日記(奈落の罪 ~自己を見つめて~) -13ページ目

生観日記(奈落の罪 ~自己を見つめて~)

人間とは何か?正解はあるのか?悪と共存する私の心は果たして救われるのか?自己を被写体として筆を綴った日記。ひしげる心、メンタル面の変化を見つめ、死後も何かを訴え続けたい。



令和5年(2023年)5月5日(金)
しばらく号外を書いていたが、再び『号』
として進めたい。母の死去後、自分の存在価
値の急激な衰え、心を頼れる身寄りを完全に
失い、何を支えに生きればよいのかを問い続
けながら仏壇前でお経を読んだ。

2月10日以降、私の夢の中に何度も母が登
場した。5月2日にもベッドに横たわり今に
も死にそうな母と、母の前で泣く私。実際は
母の臨終を病院からの電話で知るのだが、夢
の中では面会中の場面がリアルに再現されて
いる。泣く私に、母もまた涙を流し私の感謝
の気持ちが伝わって亡くなる様子だった。妙
な場面で、私があまり悔いを感じないように
夢の中で語ったのではないかと思っている。

夢には2種類あって、自分の記憶や想像から
作り出された夢、もう一つが故人から入って
来る夢で、かなりリアルで夢から目覚めても
見た内容をキチンと覚えている状態だと言う

(川越大師の大五鈷杵 令和5年5月2日)

さて、前回に私は昔の西遊記パートⅡでの女
優の台詞から『魂魄(こんぱく)』という言
葉を使った。様々な言葉の解釈がされている
ようだが、ドラマの流れと女優の谷口香さん
の台詞から考え、魂(こん)とは文字通り魂
であり心や精神を表し、魄(ぱく)とは肉体
を表し、死ねば心や精神から離れて肉体は土
に帰る物質的なものだと私は解釈した。

そして『命』というのは魂魄の合併が繰り返
される現象なのではないかと思ったのだ。こ
の繰返しを表現するなら『輪廻転生』という
ことなのだろう。ところが私の悪い癖で、確
かに仏教全般では人間が死んで四十九日後に
は別の生命体に生まれ変わると説く。だから
こそ、私は毎日、次の母の人生が穏やかな場
所に生まれ変われるようお経を読んだのだが
、四十九日で生まれ変わるなら、百か日法要
や1周忌などは無意味ではないか?と考える
ようになった。四十九日以降は別人格、何処
の誰かも分からない。因みに、輪廻転生の概
念はバラモン教からあったようだ。

一方で、西洋では「初めあれば終わりあり」
で、人が亡くなると
「あの世」
「天国」
「極楽浄土」
に行き、永遠の幸せがあると説く。逆に天国
があれば地獄もある。その地獄に行かない為
に日頃の行いを戒めている。魂魄というのが
あるとしても、四十九日で生まれ変わり別人
格になるのか、それとも何十年以上もかけて
亡くなった人の魂が極楽浄土に行き着く為に
供養しなければならないのか?この矛盾に私
は悩むのである。

誰か他人に聞いたところで、結局はその場そ
の場の都合や宗旨宗派の考えで輪廻転生を語
り、又は極楽浄土を言う。他人もまたあの世
に行ったことはない。そんな曖昧なことで死
後の世界を断定的に語っていいのだろうか?
死後の世界からこの世に戻って語った人は誰
一人として存在しない。証明不能なことを確
実性をもって語ることは誰にも出来ないこと
も分かる。


結局、この世に生きる人に『あの世』を聞い
ても仕方ない。しかし、全ての物事は各人が
その場その場で『断定』して解釈しないと普
段の生活は成り立たない。断定と納得で人の
思考と行動は決まるのだ。

輪廻転生と同じく『六道輪廻』という言葉も
ある。輪廻転生が広義の解釈なら六道輪廻は
狭義の概念だろう。具体的には、

●地獄道(じごくどう)
●餓鬼道(がきどう)
●畜生道(ちくしょうどう)
●修羅道(しゅらどう)
●人間道(にんげんどう)
●天道(てんどう)

の6つの世界観を指しており、仮に輪廻転生
して来世があったとしても、上の6つの世界
に生まれ変わるという話しである。例えば、
『地獄道』というのは現世で犯した罪の多さ
や程度で、8つの地獄に分かれて輪廻転生す
ると言う。最も軽い地獄でも1億6千年もの
間地獄で苦しみ、やっと生まれ変わる。ただ
、この1億6千年の時間軸が、現世の時間軸
と合致しているのか私には分からない。

同時に、輪廻転生とは異なり、普段の生活の
中でも、日々、心の状態が六道輪廻を繰返し
ているとも言われている。例えば刑務所の中
で暮らす人達だ。犯罪を敢行する瞬間は凶悪
な心でありながら、時間が経つと、巷の人と
何等変わりない印象だったりする。人の心の
動きは刻々と変化するのだ。

更に『畜生道』だ。動物や鳥、昆虫の世界を
畜生道と言う。要は弱肉強食の世界だ。自分
より強いものや大きいものに襲われないかと
不安に脅え苦しむ世界。幸せな人を妬み、他
人の不幸を喜ぶ感情。

今の日本人の多くが畜生道に罹患していない
だろうか?特に日本の指導者と言われている
政治家、官僚、財界人。自分より強いものや
大きいものとは誰か?未だ日本は大東亜戦争
を終えて独立したわけではない。勝戦国に政
治も経済も抑えられていないだろうか。その
抑えられた上に、今の日本の指導者が生き長
らえでいる気もする。指導者達が自分より強
いものや大きいものに襲われないかと不安に
脅え苦しみ、幸せな人を妬み、他人の不幸を
喜ぶ感情が高ければ、素直で真面目な国民の
多くも敗戦利得者で運営された一部のマスメ
ディア経由で心を書換えられて、似たような
マインドになる。


今、私が心配しているのが今年の10月から
始まる『インボイス制度』である。何がメリ
ットで、何がデメリットなのか詳細は私の頭
では分からないが、主には税率のことだ。業
種によって税率が変わるらしい。問題は事業
者だけでなく、私のような一般消費者にも大
きな影響があることは分かる。私が参考にし
たのが、元自由民主党衆議院議員だった安藤
裕氏の説明である。それを私なりに噛み砕い
て以下に述べておく。

例えば、売上げが1100円だと仮定して、

利益 370円
経費 非課税仕入れ 400円
         課税仕入れ      330円
(※非課税仕入れとは、主に人件費のこと)

消費税というのは、
『利益 + 非課税仕入れ』
に課税されているのと同じことなので、企業
にしたらかなり大変な負担だと言う。学生時
代の算数の通信簿はいつも1だった私なので
、計算式を示されても???マークが頭を支
配されるが、以下に記すと、

課税売上げ✕110分の10 −
課税仕入れ✕110分の10=
(課税売上げ−課税仕入れ)✕110分の10
=(利益+非課税仕入れ)✕110分の10

110分の10というのは、電卓で計算する
と10÷110と同じことだ。そしてこの場
合、利益370円に対して課税されるのが法
人税であるが、消費税は「利益370円+非
課税仕入れ400円(人件費等)」に対しても
課税される。ところが、これまで課税仕入れ
でやっていたことがインボイス制度が導入さ
れると非課税仕入れに移行し消費税が高くな
る。

これまでは、年間売上げが1千万円以下の小
規模事業者は免税されていたが、インボイス
制度に移行すると税務署側の便宜を図るよう
な適格領収書を出さないと消費税の計算上、
経費として認められなくなる。その結果、税
務署に支払う消費税が高くなる仕組みらしい
。簡単にイメージするなら、今まで小規模事
業者として売上げが少なく免税されていれば
いるほど課税額の負担が増すのだ。サラリー
マンであれば、年収が少ないほど課税される
ようなもの。

そこで一部企業が省庁に苦情を言い、省庁は
「そうであれば売上げを上げれば良いじゃな
いか。一番早い方法は料金単価を値上げして
国民全体に協力してもらったら」という発想
に役人は考えるのだ。本来、インボイス制度
は一般国民には関係なかったはずだが、やは
り役人が頭を使わずに手っ取り早く税金を徴
収する方法はいつも国民側の負担なのだ。

このように、企業としたらインボイスの分類
「課税仕入れ」
になるのか、
「非課税仕入れ」
になるのかで納税額の大きな負担が生じ、ギ
リギリで経営する中小企業は廃業も視野に入
れないとならなくなる。納税額が変われば利
益も変わる。企業としたら月給や時給、残業
代、雇用制度にも大きく影響するだろう。当
然、人を安く雇用して人件費を抑えたいだろ
うし、非正規雇用や移民を入れて外国人を安
く雇用するようになる。体力が無い企業ほど
移民賛成してしまい、どんどん日本は弱体化
する。各種税負担率を企業がメインに負うの
か、従業員がメインに負担するのか。いずれ
にせよ物価上昇に歯止めがかからず、不安定
な貧困層は増える一方だ。人心は乱れ続け人
々の猜疑心は一層強まるだろう。

ではなぜ、そんなインボイス制度導入を多く
の国民が声を上げて反対しないか、或いは廃
業に追い込まれかねないそんな制度を政治家
や役人が実行するかと言えば、消費税の使わ
れ方、要は「社会保障に消費税が充てられて
いるからだ」と言ういわゆる『預かり金』だ
とする考え方に基づいているからだろう。一
部の経済評論家や政治学者、コメンテーター
の理解が浸透しているせいもある。しかし、
消費税の使われ方の配分を鑑みると、その多
くは法人税の穴埋めに補填されており、実際
に社会保障に分配されている額は僅かでしか
ない。

今現在、私自身、体調を崩して週何日しか仕
事が出来ずに大した社会貢献もしていない人
間で、インボイス制度にああだこうだとケチ
をつけても仕方ないが、私のように「体力の
ない企業は潰れてしまえ」というこの制度に
よって潜在的に日本人のやる気を損ね、中小
企業の底力が失われ、生きる気力も失ってし
まう企業や人が大量に発生する危険があるか
らだと思うので書いている。命は一つしかな
い。しかし、自分の居場所を失った人間は老
若男女、行き着くことは自ら命を消滅させて
、「これからの社会で生きて行けるものだけ
で国を回してもらおう。もう生きるのが疲れ
てしまった」という心の状態に陥る可能性が
高い。


また、社会を実際に回している現場の人間と
、社会制度を設計する省庁の役人らと同じ国
で生きていながら見えている世界は180度
違うようだ。同時に、政府、岸田総理、与党
の自民党や公明党、野党第一党の立憲民主党
や日本共産党等の国政政党議員達に期待した
ところで、本質的には大して変わらない。

一人の人間がいくら正しい思考を持っていた
としても、組織人の選択肢における最終判断
は組織理論が最上位に立つ。選挙の度に同じ
ことを言い続けてもう30年、その結果、選
挙を行う度に国民の負担が増して行く。政治
の話題は専らワイドショー的なネタの時だけ
盛り上がる。かつての戦勝国の指導者が日本
人の精神年齢を12歳だと言った。残念なが
ら的を得ている。そう考えると、日本の政治
制度や三権分立、社会システムを構築する人
々の行動は茶番でしかない。それを本人も国
民も深層心理では分かっている。だから、
『擬似独立国』
としての振舞いでしか政治が存在していない
のだ。

話しが飛ぶが、最近、久しぶりにカラオケ店
に行き、何曲か歌った。その中に榊原まさと
し氏の『不良少女白書』がある。昔見ていた
ドラマの中の挿入歌として使われた歌だが、
歌詞内容がタイトルこそ揺れ動く少女の心中
を想い描き綴られたものながら、実のところ
今を生きる大人たちの心中を投影している気
もした。

このように、見ている世界が異なれば『六道
輪廻』の世界も異なるだろう。現世の中で社
会を動かしていても、それぞれの立場や見て
いる相手も違う。歯車を噛み合わせる相手が
違えば、当然に何をもって結果として正解な
のかが違う。必ず一つの結果は誰かの『益』
であり、誰かの『害』となる。

私は数年前まで警備会社で警視庁某警察署に
派遣されて民間の立場から交通違反の摘発や
立案計画をしていたが、社会全体の法秩序、
法システムとしては正しいことをやっている
のだが、現場の道路交通事情、道路空間や現
実社会の実態からして到底不可能なことを運
転手に強いているのを感じていた。法に於け
る『正義』が現実社会の交通事情に合わなけ
れば無意味だろうと思う。しかし、省庁の本
当の目的は交通安全というよりも、反則金は
国庫への歳入、放置違反金は都道府県への歳
入となるから、要はカネが全てなのだ。

本来、政治家や役人はその『害』となった組
織や個人に対して救済措置を考え、国民全体
が豊かに日常生活を営めるように国家設計し
なければならないが、政府がやる政策に付い
て来れない国民、この場合は自動車の運転手
だが、違反者を非国民であるかのような空気
感を醸成し、急進的な方向性のみを各省庁や
摘発する側の人間が実行している。勿論、直
接に人の命を奪うような危険運転行為には厳
罰でよいが、複雑に絡み合わなければ事故に
直結しないか又は道路空間が見込めないよう
な状況下での行為に何でもかんでも取り締ま
るのは妥当なのだろうか。その前に政治でや
ることがあるのではないのか。私はこの仕事
の大半を責任者として勤務してしまった為に
、制服を着用して現場に出た経験は大してな
いが、交通違反者から「お前、ロクな死に方
しないぞ」と忠告を受けた記憶が鮮明に残る
。多分、私はロクな死に方をしないだろう。
それこそ六道輪廻の地獄道に落ちると確信し
ている。だが、本当の正義とは何なのか。国
民を苦しめる正義が何故まかり通るのか。

こうした政治になってしまうのは、為政者が
見えている世界が我が国民ではなく、グロー
バリズムの世界の金融を動かしている人々だ
からだろう。また、このシステムを運用する
現場の人間たちも、個人として異議があって
も組織として思考した場合、それを忠実に遂
行しなければ給与が貰えないばかりか上司に
睨まれ排除されてしまう。

今、日本の政治の本質的な誤りを指摘してい
るのは一部の元国会議員や一部の政党、政治
団体だけである。しかし、こうした人達は表
舞台から排除されてしまう。何故なら現体制
を維持している者からしたら邪魔だからだ。
同時に、間違った陰謀論も巷に溢れていて、
そこを見誤ると本質に辿り着けない。一つの
現象を起こす場合、そこには何人何十人、何
百人の関わりが無ければ出来ない。それだけ
大勢の人間が口裏を合わせ、時には口止めを
する等、今のネット社会では到底不可能だか
らだ。但し、水面に波紋を落とすように、A
とBを仲違い(分断)させて、一つの正しい
選択をチャラ、崩壊させる工作は可能である

小さな崩壊がやがて大きなヒビが入り、分断
し大きな崩壊へと繋がる。空気感に流されや
すい日本人なら、小さな波紋、小さな水滴を
水面に垂らせば大騒ぎしてくれる人々は沢山
現れてくれる。

今日午後2時42分、石川能登、珠洲市で震
度6強の地震があった。津波の心配はなく志
賀原発も今のところ問題ないようだが、人心
が乱れると自然物の怒りを買い、大災害が発
生すると言われている。何も起こらないこと
を願うばかりだ。

つづく



令和5年(2023年)4月28日(金)
今日で号外を終わりたい。号外として日記を
書き始めたのが、まだ母が生きていた時の令
和4年12月31日付(我が母、少しでも長
く)の日記だった。また遡ること、母の余命
宣告がされたのが令和4年12月22日で、
翌日の日記(12月23日付)にその胸中を
記している。

余命宣告されてから、母は51日間何とか命
を繋いできた。その間、このまま何とか回復
してくれるのではないだろうか、とさえ思っ
た。私にとって唯一の家族である母が死ぬわ
けがない、という何の根拠もない期待を深層
心理潜在意識の中に抱いていたのも事実だ。

私は長年、その生い立ちから人間の死生観を
常に考えてきたつもりであったが、本当に大
切なことに気づかなかったと言える。

母が2月10日に亡くなり、同13日に火葬
が終わり、3月30日に四十九日法要を済ま
せ、今日(4月28日)で78日目である。
些か、今後を前向きな姿勢で生きようという
気持ちと、もう誰に何をしてやれるわけでも
なく、このような体調で大して世間に貢献す
る力もなく、これから日本を支える人々に迷
惑な存在となるのは確実なのだから、早い所
、この世からおさらばしたい、という気持ち
でもある。

この78日間、欠かさずに仏壇の前で自分の
宗旨宗派の読経を行っている。特に四十九日
までは約30〜40分かけて行い、その間に
、少し大きな仏壇に変えたり、仏像を菩提寺
で開眼したりと色々仏具を揃えた。それは母
に対する供養が第一であると同時に、私とい
う人間に関係してくれた父や親族に対する想
いの発心だ。私という人間の長所や短所を全
て含めて愛してくれた人々はもう誰もいなく
なった。私に出来る残されたことはこの仏壇
での供養とお墓参りということしかない。

(令和5年4月28日、我が家の仏壇)

そして、読経の中に込める想いのもう一つの
目的は、私自身の生前供養を自分自身で行う
ことである。ほぼ、私自身に戒名は付かず、
私を知る人が私の亡骸に手を合わせることも
ない。これは私に限ったことではなく、これ
からの多死社会(年間150万人以上)によ
る死者。65歳以上の高齢化社会が平成30
年から突入し、しかも私のように身寄りがな
い人間の大量孤独死が眼の前に迫っている。
いや、既に突入した。私はまだ50代だが、
直ぐに60代がやって来る。60代の私など
想像が付かず、その頃の日本社会を思うとそ
こまで生きていて良いものかと悲観的に思っ
てしまう。

私の住む団地の別の部屋の扉に以下の貼り紙
がされていた。この部屋の住人は90代の男
性独居者だった。私も面識ある人だ。姿を見
なくなり、もう1年くらい経つ。恐らく亡く
なったのだろう。身寄りがないので、住宅局
もどうすることも出来ないのだ。これからも
っと増えるのだから高齢者が一定期間の家賃
滞納や応答がない居住者宅(入院中の確認済
は除く)については、警察官立会いで立入り
可能なように行政法等を改正しておくべきだ
ろう。自治会、住宅局、警察署、地域包括支
援センター、消防庁、病院との限定付き情報
共有も必要だろう。その前に自治会の活用も
大事だが、そうした役員をやる人達も高齢層
であり、しかも積極的に動いてくれるのは創
価学会関係者か共産党支持者というのが団地
の定番である。本来は思想信条に関係なく参
加するのが正しいと思うが、これが現実だ。

(団地の某住人宅玄関ドア)

いずれにせよ、母の死去後、死生観を更に考
えるようになった。正直、誰もがそうだと思
うが、自分の身内や親しい人の死と、たまに
しか合わない人、会話をしたことのない人、
テレビ等ニュースで報道されている人の死で
は、身近に感じる『死』への想像力は異なる
だろう。時に、薄情な印象さえ覚えてしまう
場合もあるが、それは共感可能範囲という点
で、自分との距離感の問題なので仕方がない
。だが、それを乗り越えて、他者の死をも哀
悼の意で胸中に落し込む精神がもっともっと
日本人には必要なことだと思う。それが出来
ないと個人にしろ集団にしろ、相手を罵り、
至らなさだけを集中的に攻撃するようになる

今やネットを借りて匿名で自由に発言出来る
。これが問題で、何らかの情報を入手した瞬
間に大した思案もせず、条件反射のように発
信してしまう。ネットのコメント欄も、大勢
に流されたコメントも多く、空気感に流され
る日本人には麻薬のようなツールと言える。

このように罵倒した相手が倒れた後、次は自
分が倒される。昨今、ネットで話題になって
いる某政党同士の罵り合いなどがよい例だ。
コレとても、見方を変えれば仕組まれた争い
かも知れない。AとBを仲違いさせて双方を
破滅に追い込みCが利益を持って行く。イメ
ージとすれば、水面に何かを落とすと、そこ
を中心に波紋が広がる。要はその波紋を企図
した人間を『フレネミー』と呼ぶ。その人間
の目的は何かを考えれば真実が分かり、争い
はもっと減るのではないだろうか。

フレネミーではないが、かつて愛し合い結婚
した男女であっても、心変わりで離婚した後
、どちらかの死が伝えられたとしても大して
感情が乱れない場合もある。従って、人間の
最大の関心事は他者の死ではなく、自分の死
ということになる。このことを先ずは認識し
て、そこから他者の命が何を自分に教えてく
れたのかを問うべきだろう。


私のこのブログは過去の日記を転載している
が、その中には母との葛藤や職場での出来事
を綴っている。最近は号外を書いており過去
の日記はお休み中だが、どんなに葛藤があっ
ても、母の死後、直ぐに声に出た言葉は、
「お母さん、ありがとう」
であった。それが正直な私の感情だった。

どんな家庭環境に生まれても、その中で様々
な体験をしながら人間は個別に思想信条、思
考のクセを作っていく。私の場合、仮に家庭
環境が特に問題なく来ていたら、一方ではそ
れなりの自立した生活を送り、他者を愛して
結婚をし、子を儲けて安定した生活をしてい
ただろうと思う。だが、その安定した生活を
維持する為に、私は自分よりも劣るだろう他
人を見つけ出して忌避するか、集団組織の空
気感になぞり、そうした人間を土台に自分の
幸せを築いたに違いない。私という人間はそ
んな心の荒んだ人間だ。

他方、現実の私は貧乏家庭に生まれ、共同汲
取式便所に風呂なしのボロアパート暮らし、
生活保護を受給する家庭だった。父は酒乱で
母を殴る蹴る。その母も昭和47年から精神
疾患で入退院の繰返し、自責の念と劣等感で
苦しむ人生だった。やがて、当時、牛乳配達
をしていたYS氏と知り合い、母の生きる希
望が見えた。私や父からしたら母の行為は不
倫だ。実際にアパートの前で父とYS氏のケ
ンカを何度も見た。そして父の自殺未遂、そ
の後、昭和58年元旦に父は糖尿病からの尿
毒症合併により死去した。母は同年にYS氏
と再婚。YS氏との再婚を私が認めた理由は
金銭的打算だった。

昭和58年元旦の当時、私は中学三年生の三
学期直前の冬休み中。父が死去したタイミン
グも御仏の力だと思うが、仮に父の死がもう
少し遅ければ私は間違いなく中卒だったはず
だ。生活保護受給者なのだから、とても高校
進学など考えられない。しかし、YS氏との
再婚を認めれば生活保護から抜け出せて、高
校進学の資金を出して貰える。三学期が始ま
れば自分の進路を決める時間もない。私は自
身の葛藤を覚えながらも母の再婚を認めた。
母の幸せというよりも、もっと汚い理由で認
めたのだ。こうした私だから、きっとマトモ
な家庭で育ってもろくな人間にはならなかっ
ただろう。

その後、私は高校生活を送るが、そんな中で
、友人の父親を介して警視庁警察官の人と出
会う。私は彼を兄のように慕い、私も警視庁
で働きたいと思うようになった。この出会い
が無ければ私は間違った人間と縁をして、間
違った道に進んでいたに違いない。やがて私
は彼に強く影響され、警備会社や首都公団パ
トカー隊、そして自動車教習所教官、警備会
社で警視庁委託業務という職歴を有するが、
遡ること教習所教官時代に、YS氏が自ら命
を絶ち、再び私の人生の歯車が狂う。

母がYS氏の姿を発見した。相当な衝撃だっ
ただろう。母はYS氏と暮らす間、多少の精
神疾患の波はあったが、通院だけで同疾患で
の入院は無かった。その意味でもYS氏は母
に沢山の愛情を注いでくれたことは間違いな
い。その後、母は一人暮らしとなり、再び精
神状態が悪化した。私もまた母の状態やら何
やらで仕事に集中出来なくなりミスが重なり
、やがて欠勤をするようになる。当時のこと
は日記でアップしているが、誰もが人生、常
に順風満帆ではない。形は違えど必ず何かし
ら問題はある。

その中で、私の人生の課題は自分の死生観の
確立だった。その過程に於いては、父の生涯
、YS氏の生涯、そして母の生涯を私の知る
程度に含めて確立するのが課題なのである。
生きる意味はあるのか、その意味さえも問う
価値があるのか。死生観は死を受け入れる窓
口だ。

私の宗旨宗派は『真言宗豊山派』である。開
祖は弘法大師(空海)様だ。弘法大師が記し
た『性霊集八』に以下のお言葉がある。

「始めあれば終わりあり 生ある者は死あり 
会合は離るることあり 良(まこと)に以
(ゆえ)あるかな」

要は「始めがあれば終わりがある。生あれば
死がある。会えば別れがある。これは真理で
ある」と弘法大師は説いている。そして、そ
れぞれの宗祖がその悲しみをどう受入れ乗り
越えて行くかを説く。お大師様は死別につい
て「凶変無常」と表現している。

「人間も世の中も思想も万物全ては移り変わ
り無常だ」と説く。人生は無常であると。


死生観は弘法大師に限らず、
天台宗開祖の最澄様も、
浄土宗の開祖である法然様も、
臨済宗開祖の栄西様も、
浄土真宗開祖の親鸞様も、
曹洞宗の道元様も、
日蓮宗の日蓮大聖人様も、
それぞれ死生観について記し遺している。個
人がどの宗旨宗派に縁をするかは時の運だと
思うが日本は開かれた国家であり、勿論自分
の宗旨宗派を中心としながらも、様々な宗祖
の教えに触れることが可能なのだから、日本
人こそがもっと広い視野で思いやりを全面に
出せる素地はあると思う。死に関する仏教世
界の共通する考え方は、お釈迦様の説かれた
4つの苦しみ、『生、老、病、死』である。
必ず人間は死ぬ。但し、お釈迦様の本来の考
え方は出家が正しい仏道修行なのだから、当
然に今の人間は全て救われない。そこで大乗
仏教により民衆が一人でも多く救われるよう
に各宗祖の教えに導かれて行くのだ。

(西新井大師)

私は母の死去後、初七日から四十九日までの
間、必ず七日毎に菩提寺へお墓参りをした。
多くの墓石が並ぶ中、それぞれのご家庭にあ
って大切な家族が眠る場所だ。墓石には戒名
と俗名、命日と享年が彫刻されている。他人
が見れば単なる物質的な置き物だが、間違い
なく命が受継がれた証でもある。高齢で寿命
を全うしたと考えられる人のお墓もあれば、
若くして命を失ったことが分かるお墓もある
。それぞれどんな人生だったのだろうか、と
思わずにはいられない。

(四十九日前のお墓参り時)

一つ言えることは、間違いなく死ぬというこ
とだ。遅かれ早かれ行き着く場所は『死』、
だと言うこと。生まれた瞬間から人間の行先
は死に向かうのだ。従って、死ぬというのは
当たり前で自然な現象だと認識する必要があ
る。その中で、一つの命の中に含有すると言
われる魂というものの存在があるのか否か。
あると仮定した場合の肉体を失った人の魂の
行方は如何なるものなのか。

昔、私の好きなテレビドラマに日曜8時から
日本テレビ系で放送されていた堺正章氏や夏
目雅子氏主演の『西遊記パートⅡ』がある。
その最終話「母上は妖怪か?再び天竺へ」で
夏目雅子演じる三蔵法師の亡き母上(谷口香
氏)が生き仏となって姿を現すシーンがあっ
た。

その谷口さんの台詞の中に、
「魂魄(こんぱく)」
という言葉があり、中学1年になったばかり
の私の頭にずっと残っていた。魂魄とは様々
な解釈がされているようだが、ドラマの流れ
と谷口さんの台詞からして、

魂(こん)とは文字通り魂であり心や精神を
表し、魄(ぱく)とは肉体を表し、死ねば心
や精神から離れて土に帰る物質的なものと解
釈した。この世で生きるには、この二つが合
わさっていなければならないが、あの世では
魂さえあれば問題ない。

そこで私が着目したのが『輪廻転生』という
ことなのだ。次回、このことについて私なり
に考えてみたい。

つづく



令和5年(2023年)4月7日(金)
今日も号外として日記を書く。前回の続きで
3月16日から31日までの出来事を記録し
ていく。

●令和5年3月16日(木)
母の五七日忌、菩提寺で生花を供える。
今日、注文していた本位牌が届いた。今は白
木の仮位牌であるが、四十九日法要以降は菩
提寺住職に魂入れをして頂き自宅の仏壇に父
の位牌と共に安置することになる。父の位牌
は筆での文字であるが、YS氏と母は彫り文
字となっている。長く仏壇に安置するなら彫
りの方が良いと思った。父の位牌は文字が薄
くなっており、ところどころ読みにくい。

友人のお母さんが15日亡くなった。私同様
に友人もまた悲しみの渦中に身を置いている
と思うと、他人事とは思えない。人間は必ず
死ぬと分かっていても、理屈では心の処理が
追いつかない。母は83歳、友人のお母さん
は82歳で亡くなったが、2020年の日本
人の平均寿命が84.62歳である。母は昭
和47年(1972年)から入退院を繰り返
し、毎日大量の服薬を続けていたことや入院
時のストレス等を考えると若干平均には届か
ないものの、それに近い年齢まで生きてくれ
たことに感謝しなければならない。母の人生
は過去の日記で折々触れているが、決して満
足するものではなかっただろう。

昨今、区役所から各種還付金の封書が届いて
いる。過納付金の還付ということだが、母が
途中で亡くなったから発生したのだろう。一
部の還付金は100円とかである。そんな金
額に面倒な書類を書いて送付するのもどうな
のかと思うが、キチンとやっておいた方が良
いだろう。
(死亡による後期高齢者医療保険料変更通知)

(後期高齢者医療保険料過誤納付金還付通知)



(国民健康保険過誤納付金還付通知書)

(国民健康保険料決定変更通知書)

(介護保険料決定変更通知書)

(介護保険料精算のお知らせ)

●令和5年3月18日(土)
今日はバイト日。また、友人のお母さんが火葬された日だ。

●令和5年3月19日(日)
3月14日に見た夢の中に宇津井健が出て来たが、石原裕次郎同様、少し気になってしまう。まして母の四十九日法要前でもある。七日毎の母の審判に宇津井健がそれこそドラマのように弁護士となって、擁護してくれるのだろうか。そうであれば是非お願いしたい気持ちだ。その意味で宇津井健さんのお墓参りに川崎まで行った。
(宇津井健さんのお墓に参拝する)

●令和5年3月21日(火)
最近、また血糖値が高い。測定器が600以上で直ぐに医師の診察をと表示されたが四十九日を前に入院は出来ない。体調不良は続く。また、今日は仏壇の本尊とする木彫りの地蔵菩薩像が届いた。四十九日法要に位牌と一緒に開眼してもらう。


●令和5年3月23日(木)
母の六七日忌、菩提寺に行く。生花をお供えする。
(母の六七日忌、令和5年3月23日)

●令和5年3月27日(月)
バイト帰りにターミナル駅で降りて、フルーツ店で四十九日法要用のフルーツ盛合せを2つ予約した。

●令和5年3月28日(火)
体調はあまり良くないが、21日よりはかなりマシになった。また、自宅から少し離れたコーナンまで自転車で行き、墓石の垢取りの洗剤とタオルを何枚か購入した。夕方、菩提寺と納骨の為に石材屋にも最終連絡をしてお願いした。予定通りである。

●令和5年3月29日(水)
今日は菩提寺に行き墓石の掃除をしに行ったが、墓石の水垢がかなり解消されていた。石材店でキレイにしてくれたようだ。今日は生花もお線香も持参していない。全ては明日だ。夜は袱紗の中にお布施、開眼料、塔婆料、御膳料、お寺で立替えの生花代、石材店に渡す料金を区分して入れた。喪服も用意、母の遺骨、白木の位牌、遺影、大日如来像、地蔵菩薩像などをチェックする。

●令和5年3月30日(木)
今日は母の七七日忌、いわゆる四十九日法要である。早朝、仏壇で読経の後、遺骨や白木の位牌などを大きめの手提げ袋に入れて法要に参列してくれる従姉を待つ。法要と納骨は菩提寺の住職等によって終わったが、住職もまた病に冒されて、体調がかなり悪い中で読経をしてくれた。

昨今、お寺は葬式仏教と揶揄されているが、カネが無ければ供養も出来ないし、成仏もかなわないと思われてしまっている。やはりそれは一部に寺院運営に四苦八苦している住職が実際にいるからだろう。もっと踏み込めば、寺院に満足なお布施が出来ない家庭の経済状況の悪化が何より問題なのだ。経済は政治の仕事だ。政治がしっかりしなければ寺院運営も先祖供養もあったものではない。

今回、私も住職に対するお布施は平均額としたら最低ランクの額である。それでも住職は母の戒名を江戸時代の高僧と同名にしてくれた。とかく、戒名には戒名料によって位があると言われている。院号だとか居士や大姉は高いらしい。しかし、昭和58年に亡くなった父は満足に社会に貢献することは無かったが、戒名に院号が付いている。分相応な戒名以外を付けると地獄行きだとされるが、果たして父の魂は何処に落ち着いたのだろう。

また根本的に、魂の存在そのものが私の深層心理潜在意識の中に、確固たる信念として実感出来ている訳ではない。ただ、その存在を否定した場合、そもそも論として四十九日法要や一周忌、はたまた通夜や葬儀というのは亡くなった本人ばかりか家族に対する想いを横に置き、商売としての、それこそ資本主義世界で生活する人間の自己満足に過ぎないではないか。

「死んだら終わり、虚無」だと石原慎太郎氏が何処かの番組で言っていたが、その人を以てしても、法華経といったものを信じて本まで出版しているくらいだ。人間誰もが死後の世界、いわゆる後生を気にするものなのだ。仏教の世界では四十九日後に輪廻転生、死んでは生まれ、生まれては死ぬという繰返し。要は六道輪廻(天界、人間界、修羅界、畜生界、餓鬼界、地獄界)すると説く。だとしたら、実際の死者の魂は四十九日迄が大事であって、仮に四十九日以降も魂が存在するとしたら、それは浮かばれていない浮遊霊ということになる。それは寧ろ仏教的には何らかの事情で生まれ変われない魂ということだから、本人も家族も大問題だ。ということは、四十九日以降に亡くなった人に手を合わせるというのは、浮遊霊に手を合わせることなのだろうか。浮遊した家族の魂を前提としなければ百か日法要やお盆、一周忌、三回忌というのは無意味だと思うが、どうなのだろう。

確かに、四十九日法要で白木の位牌から本位牌に変わり、本位牌に魂入れをして仏壇に安置したが、それは安置後に仏壇の御本尊に対して誓願するのであって、位牌にお願い事をするものではないとされている。あくまでも仏壇の御本尊(大日如来像と地蔵菩薩像、弘法大師像)が主体なのだ。これからは御本尊が先祖を極楽浄土に導き、守護してくれると言う。そのために日頃から仏壇に手を合わせることが推奨されるのだが、その解釈も私にはイマイチ理解しづらい。何故なら理屈は同じで、四十九日以降は魂が別の生命体に宿るなら、何の対象に手を合わせるのか甚だ疑問だからだ。ただ、それでも素直に仏壇に体が向かってしまう私とは一体何だろうか。理屈を通り越したものが仏道というものなのだろう。

いずれにせよ、何とか四十九日法要が終わりホッとした。後は住職の回復を願い、そして今住んでいる場所を退去させられるのかどうか、明日は世田谷の病院に通院して都立病院への紹介状を書いてもらわねばならない。そしてその都立病院での検査と診察で診断書を書いてもらい東京都で審査する。まだまだ気が抜けない日々が続く。
(令和5年3月30日夜、自宅仏壇にて)

続く