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こども病院の遺伝科で、遺伝相談事業ということで講演会を開催するということで、行ってきました。
都内と関西にある、ダウン症の人のためのアトリエ、エレマン・プレザンのお話です。
ももたろが生まれた頃、そして今からそれほど前でない頃でも、大人のダウン症の人に会う勇気はなく、大人の人たちがどんな人生を生きているかを知る気力はありませんでした。
だけど、健常と言われる人たちだけでこの世は成り立っているわけではないということも身をもって知り、社会で活躍している人も多いらしいとわかり、ももたろの将来像を形作るためにも大人の活動を知ってみたくなってきました。
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仕事を終えて超特急で向かえば、ちょっとの遅刻で講演会に入れる、と思っていたのに…
こんな日に限って、どうしてもどうしても片付けておかなきゃならない仕事が入ってしまって、30分の大遅刻。
しかも、講演会にはレジュメがなく、写真をスライドで見せながら講演するスタイルだったため、前半の話はまったくわからない。
…ので、以下は後半部分の30分の内容になります。
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アトリエに出入りする健常の人たちは、ダウン症の人たちを支えるためではなく、心からダウン症の人たちと彼らの描く絵に対してリスペクトしている。
それほど、彼らの描く絵は、芸術的に優れている。
アール・ブリュットと言われる障がい者の描く絵は、破壊的なものも多いが、ダウン症の人たちのそれは、優しく穏やかで、明るい作品が多い。
芸術的に先進的なヨーロッパと違い、日本はまだ遅れている。
障がいのある人が描く絵は、日本では芸術なのか福祉なのか、立ち位置が定まっていない。
障がいのある人が描く絵に対して、腫れ物に触るように批判的なことを言えないことは、芸術としては危惧されること。
しかし、エレマン・プレザンに来る美大生を始めとした健常の人たちは、最初は同情や協力してあげるといった気持ちだったのに、いつの間にか積極的に協力してくれるようになる。
それほどに、ダウン症の人たち、そして彼らの描く作品は魅力的である。
それは美大生やメディアの人たちに限らず、病院の先生にも協力してくれる人がいる。
榊原記念病院や聖路加病院で、展示や建物にモチーフとして取り込んでくれ、病院のイメージと違和感なく、環境に合っていると好評だった。
アトリエで、どのようにダウン症の人たちを指導しているのかと聞かれるが、私たちは教えない。指導しない。
教えるということは、こちらの世界観を押し付けることであって、彼らの持っている自由な世界観を表現してもらうには、指導など必要がない。
ダウン症の作家さん達は、もちろん社会では適合しようとして暮らしているが、アトリエに居る時は、自分のありのまま、自由にいられる。
だから、素晴らしい作品が生まれる。
アトリエでは、お寺、店とコラボしたり、商品パッケージにも使われたりする。
また、展示会を開くときに、音楽とコラボしてみたこともある。
そういう活動も、ダウン症の作家たちがおもしろいから。
彼らに魅せられて、この活動をしている。
彼ら、そして彼らの作品には、可能性がたくさんある。
少しでも多くの人に、彼らの深い世界観に気づいてほしい。
彼らは絵を描きにアトリエに来ているというより、アトリエに来て楽しいことをしているだけ。
その魅力を引き出すには、人として信頼関係を気づくことが大事だと思う。
彼らには、人と調和する感性があり、信頼すればちゃんと返してくれる。
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こんな内容でした。
ダウン症の人の魅力を知り、その能力を引き出す活動をしているんですね。
最初の30分を聞けなかったのは、ホントに残念無念。
ももたろには、どんな可能性があるのかな。
もし、絵だとしたら…
私こそ、ももたろの才能に気づく芸術的な目が必要だわね

残念ながら…皆無ですけど。
知的障害だから、可能性はない。明るい将来はない、と思っていたあの頃の私。
当時この話を聞いても、どっちにしろやさぐれた気持ちで、素直には聞けなかったと思うけれど。
可能性はあるよ。
まずは、ももたろを一人の人として尊重して育てていくことが大事だったんだね。
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