特に、言葉についてはあまり発達してない感じ。
正直なところ、コミュニケーションツールとして、言葉は伸びてほしい。
先日の遺伝科受診のときも、先生と話しましたが、基本的に先生は療育で何かが伸びるとは思っていないのかも。
「言葉は、伸びる伸びないはそれぞれなので、大きくなってもほとんどしゃべれない人もいます。その子その子のいいところを伸ばしてあげればいいと思いますよ。」
と、いつもと同じことを言われました。
そして岩本綾さんのお父さんの本を読むように勧められますが、ついつい、日々時間がないことを理由に手が遠のきます。
岩本さんのお父さんは、絵本を読んであげていたようですが、ももたろは私の前では絵本拒否。
保育所では、まったく関心がないわけではないようですが、そういう場面を私は見たことがないし。
音楽的な才能も、絵画の才能も、手先が器用なのもいいことです。
ただ、私は、今のももたろがかわいいと、受け入れていると思ってはいるものの、大きくなっても言葉でコミュニケーションが図れない人になる可能性があることを、考えたくないし、考えてないのです。
つまり、言葉でコミュニケーションを図れることを前提に、今を生きているというか…
遺伝科での先生のアドバイスは、たとえ話せなくても、それを受け入れられるし、そうであるべき、ということ。
能力の問題だからね。
無理なものは無理。
だめなら、代わりのコミュニケーション方法を考えろってこと。
ん~~
それはきっと正しい。
先天的にしろ、後天的にしろ、コミュニケーション障害を起こすことはある。
でも、私の中では、まだ訓練で伸びると信じていたい。
だけどさ、先生の病院では、STは重症児しか受けられないのよね。
そういう訓練体制の整備不足をなんとかしてほしいもんなんだけどさ、親としては。
それは先生のせいじゃないのは、わかっているけど、私が本を読んだところで訓練に勝るものはないんじゃないかって、素人としては専門職の力を信じてしまうのよね。
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ももたろは、言葉や歌のマネをすることはできるし、名前を呼べば「はーい」とは答えられるけれど、それ以上の変化があまり見られません。
歌のマネって言ったって、うたえほんの「どんぐりころころ~」という歌詞を、「おーういおろおろ~」って感じ。
うたえほんがなかったら、何を言いたいのか、歌なのかなんてわかりません。
自発的な言葉はなく、私を呼ぶための単語(「マー」とか)もありません。
「ちょうだい」は手で表現するのでわかりますが、それ以外の要求は「あー」「うー」…理解不能。
「おいで」と手招きすると、手招きをマネしてるし。
でも、少しずつではあるけど、最近変化が。
夜、オットが仕事から帰ってきて「ただいま」と言ったら、
夜、オットが仕事から帰ってきて「ただいま」と言ったら、
「おあえいぃ」と、ももたろが言ったのです。
それは、「おかえり」?
オットもそう聞こえたって言う。
「ただいま」をオウム返しするのではなく、応えて「おかえり」と言おうとしている!?
偶然じゃないといいなぁ。
それに、「おいで」と言って手招きすると、来るようになってきています。
少しコミュニケーションが図れるようになってきているかも。
どこまで伸びるかはわからないけど、ちょっと安心した気がします。
どこまで伸びるかはわからないけど、ちょっと安心した気がします。