どうも~、ぱんだ氏でございます。
いきなりですが皆さん。メソポタミア文明とは何かご存知ですか?笑
そうですね、四大文明(他:黄河文明、インダス文明、エジプト文明)のうちの一つですねw
おそらく皆さんも小学校・または中学校で習ったので名前くらい聞いたことあるのではないでしょうか?
ティグリス・ユーフラテス川といった二つの川に囲まれた地域で、当時は土地が非常に肥えており、
その一帯は「肥沃な三日月地帯」とも呼ばれています。

※wikipwdiaより
ちなみにメソポタミアという言葉は分解すると、メソ/ポタム/イアとなります。
メソはメソソプラノのメソで英語で言うbetween
ポタムはヒポポタマスのポタムで英語で言うriver
イアとは「~の土地」という意味の接尾語です。
つまりthe region between rivers(川に挟まれた土地)という意味になります。
そのままですね笑
そんなメソポタミア文明ですが、起源はおよそ紀元前3500頃まで遡ります。
なるほど、5500年前ですか、割と最近じゃないかw←
実のところもっと前の紀元前5000年頃から1000年かけてウバイド人という民族がこの基板を作るのです
が…
今回はこれを端折らせていただきます!
というのも、この後に登場するシュメール人という突如現れた謎に包まれている民族が
意味不明なくらいズバ抜けて高いレベルの文明を築いたからです。
そうですね、例えば太陰暦を作ったり、一週間が7日と決めたりなど、
今日でも使われる暦を作り出すほど優れた天文学をすでに持っていたことで知られています。
それに加え、彼らは60進法という独自の概念を扱っていました。
何かピンときませんか?
暦の他に秒や分などの、とにかく現代社会の時間という概念の根本的な部分を創った民族なのです。
こういったオーパーツ的な経緯から、一部のオカルトマニアからは
実は火星人なのではないか。。。と囁かれております笑
ちょっとここから真面目な話に。。m(_ _)m
そんな彼らはB.C.3800年ごろから定住を始め、
バビロニア(現Kuwait)南部に都市国家を築き始めます。
都市国家とは一つの街が一つの国として機能した共同体のことで、
よくあるRPGのフィールド上にぽつんとある街が
国のようになっていると思っていただけるとわかりやすいと思います。
彼らの作った都市国家の中でウル・ウルク・ラガシュの3つが有名ですね。
いきなりですが、聖書に登場するバベルの塔ってご存知ですか?
あのモデルとなったジッグラトというレンガ造りの聖塔を造ったのもこの頃です。

※wikipediaより
彼らは神権政治という政治形態をとっていました。
これは古代社会によく見られるものですが、宗教を拠り所とする政治形態と思っていただければいいでしょう。
農耕が始まった頃、川の氾濫期や種植え収穫の時期を知ることが何よりも重要でした。
しかしあくまでも自然現象、簡単に未来を知る術はありません。
だから天文学が発展し、神秘的な天体を扱う統率者が超常的な力を持つと考えられました。
そんなこんなで神権政治を行っていたわけです。
しかし繁榮もつかの間、バビロニア北部に定住していたアッカド人が強大化し始め
シュメール人の都市国家を圧迫し始めたのです。
ここからバビロニアにて旧勢力シュメールVS新勢力アッカドの抗争が始まります。
そんな時にアッカド人の中でサルゴン1世という優れた指導者が現れ、
アッカド人の都市国家を統率し、初めて領域国家を築き上げます。
このアッカド帝国は抗争に勝利し、着実に版図を広げ、
3代目のナラム・シンの頃には四方世界の王と呼ばれるくらいの繁栄を見せました。

※wikipediaより
丁度この緑の部分一帯ですね。
そして、ナラム・シンの頃から神権政治が更に強化され、
王侯=神と対話するもの、から、王侯=神自身、になります。
しかしシュメール人もただでは終わりません。
異民族を多く内包するようになったアッガド帝国は反乱に悩まされ、やがて滅んでしまいます。
そこでシュメール人はウルの地でウル第3王朝を開くのです。
建国者ウル・ナンムは自らの名前をとった世界最古の法律
ウル・ナンム法典を作ったりもしました。
アッカド帝国同様膨張を始め、やがて異民族に滅ぼされてしまうのですが。。
まぁ所詮歴史は同じことの繰り返しです←
だって人間ですもの笑
そんなこんなでこのメソポタミアの地に再び転換点が訪れます。
突然ですが今日はここまで!
次回は四大文明のもう一つ、エジプト文明についてお伝えしようと思います。
By ぱんだ氏
いきなりですが皆さん。メソポタミア文明とは何かご存知ですか?笑
そうですね、四大文明(他:黄河文明、インダス文明、エジプト文明)のうちの一つですねw
おそらく皆さんも小学校・または中学校で習ったので名前くらい聞いたことあるのではないでしょうか?
ティグリス・ユーフラテス川といった二つの川に囲まれた地域で、当時は土地が非常に肥えており、
その一帯は「肥沃な三日月地帯」とも呼ばれています。

※wikipwdiaより
ちなみにメソポタミアという言葉は分解すると、メソ/ポタム/イアとなります。
メソはメソソプラノのメソで英語で言うbetween
ポタムはヒポポタマスのポタムで英語で言うriver
イアとは「~の土地」という意味の接尾語です。
つまりthe region between rivers(川に挟まれた土地)という意味になります。
そのままですね笑
そんなメソポタミア文明ですが、起源はおよそ紀元前3500頃まで遡ります。
なるほど、5500年前ですか、割と最近じゃないかw←
実のところもっと前の紀元前5000年頃から1000年かけてウバイド人という民族がこの基板を作るのです
が…
今回はこれを端折らせていただきます!
というのも、この後に登場するシュメール人という突如現れた謎に包まれている民族が
意味不明なくらいズバ抜けて高いレベルの文明を築いたからです。
そうですね、例えば太陰暦を作ったり、一週間が7日と決めたりなど、
今日でも使われる暦を作り出すほど優れた天文学をすでに持っていたことで知られています。
それに加え、彼らは60進法という独自の概念を扱っていました。
何かピンときませんか?
暦の他に秒や分などの、とにかく現代社会の時間という概念の根本的な部分を創った民族なのです。
こういったオーパーツ的な経緯から、一部のオカルトマニアからは
実は火星人なのではないか。。。と囁かれております笑
ちょっとここから真面目な話に。。m(_ _)m
そんな彼らはB.C.3800年ごろから定住を始め、
バビロニア(現Kuwait)南部に都市国家を築き始めます。
都市国家とは一つの街が一つの国として機能した共同体のことで、
よくあるRPGのフィールド上にぽつんとある街が
国のようになっていると思っていただけるとわかりやすいと思います。
彼らの作った都市国家の中でウル・ウルク・ラガシュの3つが有名ですね。
いきなりですが、聖書に登場するバベルの塔ってご存知ですか?
あのモデルとなったジッグラトというレンガ造りの聖塔を造ったのもこの頃です。

※wikipediaより
彼らは神権政治という政治形態をとっていました。
これは古代社会によく見られるものですが、宗教を拠り所とする政治形態と思っていただければいいでしょう。
農耕が始まった頃、川の氾濫期や種植え収穫の時期を知ることが何よりも重要でした。
しかしあくまでも自然現象、簡単に未来を知る術はありません。
だから天文学が発展し、神秘的な天体を扱う統率者が超常的な力を持つと考えられました。
そんなこんなで神権政治を行っていたわけです。
しかし繁榮もつかの間、バビロニア北部に定住していたアッカド人が強大化し始め
シュメール人の都市国家を圧迫し始めたのです。
ここからバビロニアにて旧勢力シュメールVS新勢力アッカドの抗争が始まります。
そんな時にアッカド人の中でサルゴン1世という優れた指導者が現れ、
アッカド人の都市国家を統率し、初めて領域国家を築き上げます。
このアッカド帝国は抗争に勝利し、着実に版図を広げ、
3代目のナラム・シンの頃には四方世界の王と呼ばれるくらいの繁栄を見せました。

※wikipediaより
丁度この緑の部分一帯ですね。
そして、ナラム・シンの頃から神権政治が更に強化され、
王侯=神と対話するもの、から、王侯=神自身、になります。
しかしシュメール人もただでは終わりません。
異民族を多く内包するようになったアッガド帝国は反乱に悩まされ、やがて滅んでしまいます。
そこでシュメール人はウルの地でウル第3王朝を開くのです。
建国者ウル・ナンムは自らの名前をとった世界最古の法律
ウル・ナンム法典を作ったりもしました。
アッカド帝国同様膨張を始め、やがて異民族に滅ぼされてしまうのですが。。
まぁ所詮歴史は同じことの繰り返しです←
だって人間ですもの笑
そんなこんなでこのメソポタミアの地に再び転換点が訪れます。
突然ですが今日はここまで!
次回は四大文明のもう一つ、エジプト文明についてお伝えしようと思います。
By ぱんだ氏