どうも~、ぱんだ氏です♪(´ε` )

今日は皆さんにオリエント世界の一体化について述べたいと思います。

しばらくの休止期間もあったため長めです←

すみませんm(__)m 

それから、今回でオリエント編は一旦休止します!

では気合い入れていきましょう!!



ところで皆さん、中東を指す「オリエント」という言葉の由来をご存知でしょうか?

オリエントはラテン語のオリエンス(Oriens)という「日の出る場所」を指す言葉が由来になっています。

ラテン語を歴史の中で長いこと使っていた西洋にとって見れば、中東は常に日が昇る方角ですよね。

ま、要するにザックリというと「東」に位置するためオリエントと呼ぶようになったのです笑

ちなみにここまでに学んだメソポタミア文明やエジプト文明も古代オリエントに含まれます。

だったら最初からそう言ってくれ!!って感じですね。。すみませんm(._.)m

今では紛争が多発し、発展途上国の集まった中東ですが、

当時は西洋なんかよりも全然文明の栄えた地だったのですよ。



そんなオリエントについて、まずは前々回の続きから話させていただこうと思います。

Episode1にて最後に繁栄したウル第三王朝ですが、当然のごとく支配下に置いた異民族の不満を買い衰退していきます。

そんな中で登場したのがハンムラビ王率いるアムル人たちでした。

当時、アムル人はメソポタミアの中心地にて古バビロニア王国バビロン第一王朝)を開いていました。

そんな中で彼ハンムラビが王位につくと目覚ましい成長を見せ始め、

しまいには多民族の混在するメソポタミアの初統一を完成させます。

ハンムラビ王といえば他にも「目には目を、歯には歯を」の復讐法で有名なハンムラビ法典を作った人でもあります。

この有名な法律ですが、実は罰則に身分差別が強く出ていたことをご存知ですか?

例えば親が子に手を挙げたときとその逆とでは罰が極端に違っていたり、

奴隷と神官が同様の過ちを犯したとしても圧倒的に奴隷の方が刑罰が酷かったりしていました。

しかし、現代問題である男女差別・人種差別・宗教差別といったことは一切せず、平等な法律でもありました。

イメージ度しては、行き過ぎてしまった朱子学を想像していただけると分かるかもしれません笑



この時ちょうど重なるようにしてエジプトでは中王国が栄えていました。

エジプトに強大な統一国家の中王国、メソポタミアにも同様にバビロン第一王朝。

二つの地域は非常に栄えていたため豊かな生活を送っている民衆が多く、

その富・食料などを巡って、不安定な生活を送る遊牧人が侵略行為に走るようになっていきます。

こうしてエジプトは前回話した通りヒクソスが侵入し中間期に突入し、

メソポタミアにもヒッタイト人が押しかけ弱体化させました。

ヒッタイト人が作ったボアズキョイを首都とするヒッタイト王国は世界で初の鉄器を扱った国だと言われています。

そのため強大な力を持ち、当時のメソポタミアの秩序を崩壊させました。

その結果、今まで大国の支配下にあったカッシート人フルリ人が独立し、バビロン第三王朝ミタンニ王国を建国するのに成功します。

そしてメソポタミアの地で3王国の巨大勢力が安定してきた頃、エジプトは新王国を迎えます。

オリエント

こんな感じで4つの強大な王国が分立するようになります。

この4王国の中で特に勢力の強かったのがエジプトとヒッタイトでした。

やがて両国、メソポタミア文明とエジプト文明が戦争という形を取って交流を始めるようになります。

これは前回にお話ししたラムセス2世とムワタリ2世の話でご存知のことと思います。

最終的に両者の戦いは決着することなく続いていきました。



そんな中、遥か北西の方角からバルカン半島を超えて”海の民”という未だ謎の民族が押し寄せてきます。

彼らは、あの世界で唯一鉄器を用いていたヒッタイトを滅ぼし、

さらにはエジプトを崩壊寸前まで追い込むなど、

東地中海一帯の4王国による秩序を全て破壊していきます。

どこから来たのか、はたまた何語を話していたのか、なぜ鉄器文明に打ち勝てたのか、あらゆることが謎に包まれています。

しかもその後定住し、新たな文明を築いてもいません。

本当に謎なのです!笑

ただし、この民族群がヒッタイトを滅ぼしたことでヒッタイトの独占する製鉄技術が世界各地に流れていき、青銅器文明から鉄器文明へと移行していくことになります!



まずエジプトにおいてはクシュ人が世界初の黒人王国を打ち立てます。

そしてメソポタミアではアッシリア王国ニネヴェを首都にミタンニ王国の地で誕生します。

アッシリアはかつての王国と比べて目覚ましい勢いで膨張し、アッシュール・バニパルによって

メソポタミアに加えてエジプトを含むオリエントの完全統一を果たします。



なぜアッシリアがここまで急激に巨大化していったかには幾つかの理由があります。

まず第一に、独特な統治方法を用いたということです。

その統治方法とは駅伝制です。

”駅伝”という言葉を聞いて皆さん何をまず想像します?

箱根駅伝なんて有名なものもありますね。

要はあの駅伝の仕組みを使って、情報・食料等を運んでしまおうっていう仕組みです。

考えてみてください。

1人で100km走るのと、1人5kmを20人で走って合計100km走るのではどちらが時間と労力がかからないと思いますか?

圧倒的に後者ですね笑

それに食料が早く行き届けば飢えも減って国力の増大に繋がるし、

情報が早く行き届けば戦争において奇襲の報が早く行き届いたりと対処がかなりできますよね。


そして第二に広大な領域を州に分けて、各州に政府の息の掛かった総督を派遣したということが挙げられます。

これと駅伝制を合わせることで、地方への君主からの指示が素早く行き渡り、中央集権体制を円滑に進めることに成功しました。


しかし、アッシリアには一つ問題点がありました。

それはこれが初めてのオリエントという広大な地域を統一した帝国だったということです。

当然広大な地域を統一するということは、社会のマイノリティからの反発を受け得ます。

彼らアッシリア帝国はその反発を鎮める、もしくは最初からさせないように、重税と圧政を敷きました。

しかしこれが大きなミスとなり、各民族からの反発を受け短命にして滅亡することとなります。



そしてオリエント世界は分裂の時代を迎えることとなります。

この時代を4王国分立時代言います。

その名の通りオリエントに4つの大国が台頭していた時代のことを言います。

位置のイメージとして、

ヒッタイト     →リディア
ミタンニ      →メディア
バビロン第三王朝  →新バビロニア
エジプト新王国   →エジプト

といった具合になります。

各国の説明をしていきますw


まずリディアは世界で初の鋳造貨幣を作った国となります。

ヒッタイトは世界で初めて製鉄技術を有した国でしたよね?

ここからアナトリア高原(トルコ)は古代を通じて金属産業の優れた地域だったこと伺えますね。


次はメディアです。

メディアは新バビロニアと手を結んでアッシリアを滅ぼした国として知られています。

とりあえずメディアについてはこれだけ知っていればいいと思います笑


次は新バビロニアです。

ネブカドネザル2世の頃、ヘブライ人の国であるユダ王国を滅ぼしてバビロニアの地に束縛するバビロン捕囚を行います。

これはまた後ほど説明するので今回はパスで!←


最後にエジプトです。

まぁこれは特に何もございません!...

とにかくあったんだなーくらいでいきましょう笑






そんなこんなで4王国に分立したオリエント世界ですが、やがてある地域から力をつけた王朝が誕生し、ペルシア帝国を作り上げます。

ですがこれは今までとは質が違うので今回はパスしていきたいと思います。

冒頭で言った通り、一旦ここで古代オリエントは中断です。

次回からは古代ヨーロッパ世界に突入します。

古代世界はこんなことがありますーみたいな感じでちょっと刺激が足りないかもしれませんが、

古代を乗り切ればだんだんと面白くなってくるはずです!

まぁ古代も詳しくやれば面白いのですが…笑←

とにかく分野別には古代の1/3が終わりです!

残りの2/3頑張っていきましょう!!

ではっっっっっっっっっε=ε=ε=ε=ε=ε=┌( ̄◇ ̄)┘



by ぱんだ氏