『花小金井BLUES EXPLOSION』が生まれた頃- | パンジャーボンバーズ

『花小金井BLUES EXPLOSION』が生まれた頃-


諒です富士山



私が書くのは裏話というか
秘話になっちゃうかもですが

暫くの間
少しずつ『花小金井なんちゃら』の色んな話をさせて頂きますね




私が『花小金井BLUES EXPLOSION』を描き始めたのは

14年も前のことでした


当時私は
東京で活動していて
とても仲良しだった女優(私を含め3人)で「一緒に舞台をやろう♪」と
その3人に合う脚本を描き始めたのが『花小金井BLUES EXPLOSION』だったのです


東京には
夢を追い一人暮らしをしている人がとても多い

でも現実は色々あってかなり厳しい

私自身
星の少ないネオン煌めく群青色の空を一人見上げては
涙こらえた夜が数え切れないほどありました

でも
友人一人いない状況からスタートした東京生活でも
ふとしたきっかけで
知り合え
掛け替えのない友達が一人また一人と増えました

また同じくらい沢山の別れもありました

側に誰もおらず孤独を感じた時は


家族や
名古屋や北海道の友達が電話をくれたりして
私は一人じゃないと実感させてくれました


そんな『人』の「当たり前の物語り」を描きたかったのです


人の道は全く予期せぬ事も多々起きるもので…
その時は『花小金井BLUES EXPLOSION』を完成させる事は出来ず

半分だけ描いた脚本は引き出しの中へ―

この物語りが日の目を見る事はもうないのかと思っていました

でも

それから14年後

新たな仲間と共に
もっと色んな気持ちや感謝を込めた作品を創り上げる日が来るのでした

                    つづく―――

次回は
再び引き出しから引っ張り出した後に起こった不思議な話を書きますね