今月21日4時25分に、母が旅立ちました。
22日に通夜を、23日に近親者のみで葬儀を済ませました。
母の友達や知り合いにも知らせていなかったので、お知らせを今朝の新聞に載せてもらったら、
訃報欄を見た方が何人かメールをくださり、うれしかったです。
葬儀が終わるまで誰にも知らせるつもりはなかったのだけど、
なぜだか亡くなった当日に数人から
「ご両親、元気?」
なんてメールが着たり、ブログ読んでて何かあったのかなと思っててくれたり
親友も数日前に
「おばさんの夢見た」
なんて連絡くれたり。
私の夢には、いまだに出てきてくれてないんだけどな。
「元気になったらじゃがいもとベーコンのオムレツ御馳走してね。」
っておばさんに言っておいてねと。
「バイト帰りにおじゃましても、さっとご飯出してくれて、
主婦になってわかったけど、面倒な事なのにありがたかったな。」
って。
そうか、
いろんな具のオムレツ作ってくれたの、忘れてたわ。
今年のお正月は
もうお母さんの筑前煮、食べられないんだなあ
と、思ったら寂しくなりました。
夫が厚揚げの煮物が好きだったので、行くたびに作ってくれたり
今の季節は、ちらし寿司をよく作ってくれました。
そんなことも、色々と思い出します。
「今まで人の面倒ばかりみてきたんだから、たまには人に面倒みてもらえば良いよ。」
と近所の方が、本当に色々面倒を見てくださって。
雨戸がずっと締め切りだと物騒だからと、朝晩雨戸を開け閉めしてくれたり、
庭の雑草も抜いてくれたりして、母が慕われていることを、介護に通うようになって知りました。
母が入院したことを書いたのが、今年の2月の初めのこと。
そのあとの連休に父と一緒に過ごしてから、まあいろいろありました。
父は父でいろいいろあるのですが、長くなるのでそれはまたあらためて。
母の介護のことを書いたのが、去年の6月のこと。
7月に家に連れてきたときは、まだ自分で歩くことが出来ました。
9月に入り、急に歩けなくなり車椅子をレンタルしました。
11月には草里にも行けました。
父を先に見送ると思っていたのにまさかの母が先に逝くことになり、
まだなんだか信じられなくて、夢の中にいるようで実感がわきません。
ショートスティ先から救急搬送されて、思ったよりも心臓が弱っていることを知って。
それでも手術は負担がかかるのでやめてもらって、延命措置も断ったら急性期の病院では出来ることがなく・・・
療養型の病院を探してほしいということになり、それから妹と2人で病院巡り。
最初行ったところは、栄養チューブを付けている人ばかりで、静かすぎてこんなところに母を入れたくないと思って。
「でも、お姉ちゃんの家に近いほうがいいんじゃない?
お母さんはわからないよ。」
という妹の言葉にやっぱりかわいそうだからと泣いて反対して、
「お母さん、おしゃべり出来るからあまり静かなところだとかわいそうかもしれませんね。
○○病院はリハビリもやっているから、もうちょっと元気な人もいるし明るい感じですよ。」
と相談員さんに紹介された病院に見学に行ってみたら、少し郊外だけど緑も多くて解放的で、車椅子の方もいらっしゃる。
「ここが良いなあ」
と言ったら、妹も
「お姉ちゃんがよければいいよ。」
と言ってくれて、2月14日に転院しました。
病室から河津桜が咲いているのが見え、桜並木もあるので、
春になったら車椅子で桜を見させてあげたいなあ
と思ったら、お医者様に、
「いつ心臓が止まってもおかしくありません。
桜が咲くまで持つか。」
と言われて、もうショックで言葉もなくて。
栄養が足りないとじゅくそうも治らないから、鼻から栄養チューブを入れることを勧められたけど、
舌で味わうことは唯一の楽しみになるだろうし、電気ショックや呼吸器などの延命措置もしたくない。
寿命を延ばさないのは親不孝なのかなとすごく悩んだけれど、
看護師さんが、
「チューブも抜く時すれて痛いから、チューブ抜かれないようにミトンつけたりするのよね。」
と教えてくださったので、決心して書類にサインして。
そこから仕事もセーブして、ほとんど毎日病院に通い、なるべく長く母と一緒の時間を過ごしました。
急性期の病院では治して退院させるのが目的なので、食べなきゃ体力つかないからとにかく食べさせようとして、
私も夕食の時間に合わせて病院に行って
食べたくないというのを、拷問みたいでかわいそうだなあと思いながら、無理やりスプーンを口に入れていたけれど、
こちらは慢性期の病院なので看護師さんも年配の方が多くゆったりとしてて、
「ミキサー食が入らないので、思いついて高カロリーのゼリーとジュースにしてみたら完食したので、足りない分を点滴で補いますね。」
と母に合せてくださり、患者さんのほとんどが老人なので、看護師さんの声かけも多く、みな優しくて
転院してから、やっと母に笑顔が戻りました。
死にたいとも言わなくなりました。
2月の下旬に下血したので絶食して点滴に切り替え、ナースステーションの隣に移動したけれど
3月に入って落ち着いたのでまた河津桜が見られる病室に移り、食事も取れるように。
私が持っていった動物が笑っている写真集を、ニコニコしながら見てくれて、
がんばって元気になって、父と同じ施設で暮らせることが出来たらいいなと思っていたのだけど、
今月14日には話が出来たのに、15日に昏睡状態になりナースステーションの隣の部屋に。
愛に包まれて優しい気持ちでいられるように、シャンドウルールさんの彼岸桜のスプレーを枕元に吹き、口元にフラワーエッセンスを垂らし、
パンパンに腫れた足はアロマオイルでマッサージし、刺激になるように髪を手櫛で梳かし、頬を撫で、手を握り、シンギング・リンを聴かせてみました。
最後まで耳が聞こえると言うので、耳元でずっと話しかけていました。
愛してるよ
お母さんがいてくれてうれしいよ
生んでくれてありがとう
って、言えました。
下の姪っ子が、18日から20日まで卒業旅行で出かけるので、
毎日お参りしているお地蔵さんにもそれまで母が待っていてくれるように頼んで、
母の耳元で
「○○が卒業旅行に行ってるからね、
20日に帰って来るから、待っていてあげてね。」
とお願いしたら、母がんばってくれました。
姪が無事帰宅し、病院から心拍数が落ちてると電話があったのが、翌21日の朝3時半。
なんとなく、春分満月の日に持ってかれるんだろうなあとずっと思ってたので、
電話があったときも、すぐ目が覚めました。
私たちがかけつけたのが、息を引き取る2分前。
手もまだ温もりがありました。
眠りながら逝ってしまったので、苦しむこともなかったのかなと思います。
母の顔は、写真に撮りたいくらい穏やかで、すごく優しくて美しくて、呼んだら今にも目を覚ましそうでした。
父は入院してるし、母の知り合いも高齢のため、葬儀は私と夫と妹家族と、母の妹と娘の8人で厳かに。
姪はあとから来るので、お通夜の日に叔母と妹と3人で枕を並べて
妹と寝るなんて何十年ぶりだろと思いながら・・・
お棺には、着物と、書道と茶道を習っていたので、自分が書いた書と茶道具と、私が買ってきた写真集と、大阪の従妹が
「伯母ちゃん、小さいころにお母さん亡くしたから、きっとこういうの買ってもらってないんじゃないのかな。」
と送ってくれたクマのぬいぐるみを。
送ってくれた時にはもう意識がなかったので、腕に抱かせてあげていました。
きっとうれしかったんじゃないかなと思います。
妹に、
「何かあったら2人で出かけるのは難しいから、一緒に実家に行ってお棺に入れるもの探しておかない?」
と言われて実家に行ったのが16日。
おかげで慌てずに済みました。
着物は、最初私の結婚式に作った留袖を持ってきてたのだけど、
レンタルで借りたおばあちゃんの留袖の方が派手で、
「もっと派手にしておけばよかった」
とずっと言っていたので、
怒られそうだからとお通夜の朝に妹が実家に行って、母が好きそうな着物を2枚持ってきてくれました。
朱色の着物を上にして胸にかけてあげたら、華やかになりました。
お棺を閉じるまで、髪や頬を撫でたり、手を握ったりしてたのだけど、柔らかいのね。
もともと冷たかったから、寝てるのと変わらないくらい。
お棺を閉じるときと、火葬の扉が閉まる時が、いちばん悲しかったです。
最強の雨女だった母は、亡くなった日と、雨の確率0%だった葬儀の日。
お骨上げして葬儀場に帰るピンポイントの時間に雨を降らせました。
さすがだわ。
泣き虫な私は、亡くなるまでは心細くてしょっちゅう泣いてて、
亡くなった今は、洗濯物を干してても、掃除機かけてても、車運転してても、お風呂に入ってても、ひとりでいると何してても寂しくて泣いちゃう。
こんなに母のこと好きだったのかなと、不思議なくらい。
でもそれも、介護したから気づけたこと。
でもその感情も我慢しないで、味わっていこうと思います。
元気なときに、もっと行ってあげれば良かった。
話聞いてあげれば良かった
優しくしてあげれば良かった。
なんて後悔ばかりだけど、しょうがない。
その分、父にしてあげようと思います。
入院してから毎日、電話を気にする日々でした。
携帯を肌身離さず、トイレにも持って入りました。
遠出はやめて、映画もすぐに出られる隅に座り、美容院も自分のメンテナンスも、電話掛かってすぐに駆けつけられないものは、行きたくても行かれませんでした。
毎晩、今日は電話がかかりませんように
と祈って眠りにつきました。
まだ父のことがあるので、自分のことだけに時間を使えるのはまだ先のことだけど、
いつ掛かってくるかわからない電話から解放されて、それだけはホッとしています。
今年は桜の開花が遅かったのが残念。
お地蔵さんに、桜が咲くまでって頼んでおけばよかったかな。
でもね、入院したのが秋から冬でなくて良かったです。
窓から枯れ葉が落ちていくのが見えるのは、やっぱり寂しい。
春に向かう時期で良かったです。
桜は間に合わなかったけど、河津桜は見られたから。
やっとちょっと気持ちも落ち着いたので、
長々と書いてしまいました。
最後までお読みいただきありがとうございました。
静岡【肩こり・むくみ・冷え改善】推掌整体サロン
パナリの山本美由紀でした。
愛と感謝をこめて✩
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