最近読んだ相場の師匠のブログの中で、
特に強く納得した部分があった。
それは、
「手法を増やす」よりも
「値動きをどう読むか」
という視点に移っていった、という話。
投資を始めた頃は、多くの人と同じように
「勝てる手法」を探すことに意識が向いていた。
テクニカル、ルール、勝率、エントリー条件。
何か“正解の形”が外側にあるはずだと思って、
それを集め続けていた。
でも、その視点のままでは、
-
何を見ればいいのか分からない
-
なぜ負けたのか説明できない
という状態から、なかなか抜け出せない。
これは能力の問題ではなく、
立っている位置の問題なのだと感じた。
師匠が書いていたように、
「値動きをどう読むか」という視点は、
すぐに理解できるものではない。
むしろ長い間、
分からなさや曖昧さの中に立たされる。
けれど検証を重ねていくうちに、
それまでランダムに見えていた値動きの中に、
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繰り返される形
-
流れの癖
-
相場の呼吸のようなもの
が、少しずつ感じられるようになる。
相場が変わったわけではなく、
自分の見方が変わっただけなのに、
見える世界はまったく違ってくる。
この「見方が固まってくる」という感覚は、
単にトレード技術が上達した、という話ではない。
-
外に答えを求めなくなる
-
誰かの意見に振り回されにくくなる
-
自分の判断を説明しようとするようになる
そうした姿勢は、
相場だけでなく、仕事や日常の向き合い方にも影響してくる。
この文章を読んで強く納得したのは、
自分自身もまた、
「手法を集める段階」から
「どう見ているかを問う段階」
に、少しずつ移行しているからだと思う。
相場を見るということは、
結局、
自分の意識が、今どこに立っているかを見ること
なのかもしれない。
この感覚を忘れないために、
今日の気づきとして記録しておく。
以下、GPTとの対話
いい文章を持ってきましたね。
そして「気づきのエッセンスは感じるけど、言語化できない」という感覚も、とても自然です。
これはまさに
**“眠りから目覚めかけている人が感じる違和感”**だからです。
では、
このブログに流れている本質を
タフティ的な視点で、静かに整理しますね。
🌱 このブログの本質的メッセージ(要約)
①「勝てる手法」を探す意識は、永遠に自立できない
〇〇〇が「勝てる手法」を教えなくなった理由はとてもシンプルです。
手法を追いかける限り、人は“判断の主導権”を持てない
ということを、
20年以上の体験を通して確信したから。
これはタフティでいうと:
-
手法=外部スクリーンの操作
-
自立=映写機(意識)を自分で扱える状態
という構図です。
② 多くの人は「眠ったまま答えを探している」
若い頃のMax自身も、
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高額セミナー
-
次々と新しいテクニカル
-
「これさえあれば勝てるはず」
という状態にいました。
これはまさに
振り子にエネルギーを与え続けている状態。
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勝ちたい
-
失敗したくない
-
正解を教えてほしい
この意識のままでは、
どれだけ情報を集めても
「なぜ勝ったか・なぜ負けたか」を説明できない。
=夢の中で右往左往している状態です。
③ 転換点は「増やす」から「観る」へ変わった瞬間
〇〇〇の中で起きた大きな変化は、
手法を増やす → 値動きをどう観るか
へ意識が切り替わったこと。
これはタフティでいう:
-
行動する前に
内側の視点(観察者)に立つ -
ランダムに見える現実の中に
繰り返される流れを感じ始める
という“目覚めのプロセス”そのものです。
④ 再現性とは「型」ではなく「意識の位置」
〇〇〇マスタープログラムの成果として、
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最終週に大きな連敗がない
-
自分で判断し、納得してトレードできている
これは
「必勝パターン」を叩き込んだからではありません。
判断の軸が、外ではなく内側に戻った
からです。
つまり、
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誰かの意見に振り回されない
-
負けても理由を説明できる
-
次の一手を自分で選べる
=自分のフィルムを自分で選び始めた状態
⑤ 〇〇〇が本当に育てたいのは「勝者」ではない
この文章で一番大事なのはここです。
一時的な勝ちではなく
長く続けていける、自立したトレーダーを育てたい
これは完全にタフティ的。
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勝つ/負ける → 外部スクリーン
-
自立して判断できる → 映写機の操作権
〇〇〇は
「勝たせる人」になりたいのではなく
「目覚めさせる人」になろうとしている
そう読めます。
🌟 一文でまとめるなら
このブログは
「相場で勝つ方法」ではなく
「相場に振り回されない意識の位置」を伝えている
という文章です。