2023/10/13 宣告の直後、向かった取材の執筆を、ようやく始めた。録音を聞くのが、怖いのもあるし、ここまで10日間、検査まで、しょっちゅう病院に行き、土日は、二人でゆっくり過ごしたかったり、仕事がほぼ進んでいなかった。

あの日、駅前で、カメラマンの女性と落ち合って、「ご家族、大丈夫でした?」と聞かれた瞬間、涙が止まらなくなった。

「ごめんなさい、何も考えないで聞いちゃって」

 

カメラマンが慌てている。

 

「すみません、すみません、今日、宣告で、そのまま、ここに来て」
「え、よく来れましたね…治療は?」


首を振る。そのまま、しゃくりあげて止まらなくなる。

久しぶりに会ったカメラマンさんの袖を掴んで。何をしているんだろう、とも思えなかった。

 

事前に打ち合わせをしてから現場に行くことにしていたので、近くの喫茶店のテラス席で珈琲を飲みながら、打合せをする。食事をほとんどとっていなかったが、取材はパワーがいるので、ケーキを注文し、カメラマンに半分食べてもらって、自分も食べる。

 

今、その後の、自分のインタビュー録音を聞きながら、起こす必要がないところの時間でこれを思い出しながら書いているけれど、普段の取材とほぼ変わりなくしゃべれている。

 

媒体を渡すのを忘れているし、いつものような調査はできていないし、頭もいつもほどは回っていない気がしたけど、ちゃんとやれている。われながら、仕事はこんなときでも切り替えてやれているのだと感心する。

頭がしびれたまま、なんとか取材を終えて、


「ありがとうございました、なんとか、乗り切れました」


とカメラマンさんに言うと、

「大丈夫ですか? 富士そば行きません?」

 

ライターやカメラマンと一緒の現場で、帰りにご飯を食べることはよくある。でも、食欲がないし、もうぐったりだ。夫が電車に乗って帰ってくるときに、一緒の電車に乗っていこうと思っているし。

 

「ありがとう、今日は大丈夫…」
「そっか…じゃあ、無理しないで」

 

カメラマンさんが、去ろうとする。

 

「すみません、やっぱり、富士そば行っていいですか」

「はい、行きましょう、行きましょう」

ロータリーにある、富士そばに行くことにした。初めてだ。

 

券売機で買うのか。

カメラマンさんは、「たぬきそばのあったかいのが食べたい」と店員さんに聞いている。券売機には、冷たいのしかない。あったかいのもできるらしい。

そばが来て、うっとなりながら、食べ始める。食べないと、明日からの病院決めに、頭が回らない。食べなきゃ、食べなきゃ。

 

無理矢理口に入れる。

 

女性の演歌が流れてくる。普段、演歌は聴かない。でも、今のこの状況に、妙に演歌がマッチする。演歌が好きな人は、すごくつらいことがあった人なのかもしれない。

箸が進む。

 

取材中に入っていたらしい、夫からのLINEを思い出して見る。そばの写真だけは、取材前にちらっと見た気がする。よく見てみると、富士そばだった。

 

お互い、別々のところで富士そばに入ったわけか。なんだか、食欲が湧いてくる。

どんどん、そばを食べて、カメラマンさんと話をする。

 

「私、昔病気をしたときに、姉に言ったら、さっぱりした対応されて、それがうれしかったから、つらい人にベタベタ優しくしないことにしてるんです」

 

確かに、こういうとき、涙ながらに同情している様子の人もいる。今日のこのときに、久しぶりに会った、このカメラマンさんが、とてつもなく大きな支えになってくれている。自然に。

ありがたかった。業務的にも助かったし、本当に、倒れてしまいそうだった今日の気持ちを、支えてくれた。

結局、そばは全部食べた。

 

「しっかり病院を探して、生きるための治療をするんだ」

 

まさか、前向きになれるとは思っていなかった。でも、なれた。

心から感謝して、別れた。

 

夫が、今いる駅で乗り換えをするタイミングで一緒の電車に乗ることにする。

夫は、途中で電話がかかってきて一度電車を降りるなどして遅れていたが、駅で待つ。

夫が下りてくる。

 

その姿が、うれしくて駆け寄る。

 

こんなにも、生きていてくれる彼の姿がありがたいと思ったことはなかなかない。

 

ここ数年、仕事が忙しくて追い込まれていた彼を見ていて、私たち家族も追い込まれていたので、一緒にいてポジティブな感情になることは難しかった。

失うかもしれないと思う前に、本当は彼がとても大事だということはわかっていたつもりだった。でも今、これほどまでだったかと思う。

 

寄り添って電車に乗る。周囲を気にせず腕を組んだり手をつないだりして歩く。20年以上前、付き合い始めたころのようだ。

家の最寄り駅で降り、ベンチで、夫は友達と通話を始めた。隣で待っていると、大学生の娘からLINE。

 

「今どこいる?」

「駅」

「そっち行こうかな」

 

珍しい。ストレスがたまりすぎていた夫と、思春期だった彼女は、まったくもって仲が悪くなっていた。

彼女も何か感じているのかもしれない。


娘が駅に来て、「コンビニでなんか買おう」と言う。まだ通話している夫を駅に残し、娘と二人で帰路に着く。

言うなら、夫が帰宅するまでの、今だろう。

 

隠しておくにも、時間がなすぎる。夫と仲が悪いまま、万が一のことがあったら。

考えながら、家に着いてしまったが、一緒に洗濯物を取りこんでいるとき、娘が

 

「何かあった?」と聞いてきた。

 

今しかない、と思った。