そして人となる・・・・・2013.10  NO10 | 江藤日記

そして人となる・・・・・2013.10  NO10

 弱い者いじめの現実  2


   忘れる人、忘れようとする人、忘れさせる人、

       そして忘れ去られようとしている人達がいる。

           私たちは、どの人になるのか?



 災害は平等に来る。しかし被害は必ず不平等に立ち現れ、弱い立場の者をさらに過酷に追いやる。力のある者(財産・健康・年齢など)が早く立ち直り、そうでない人は、立ち直りから取り残され、追い詰められ、忘れ去られていくことになる。

これは「被害の階級制・階層性」という「災害学」の常識だ。だからこそ、政府による手厚い配慮が、弱い立場の人たちに必要なのだ。それによってのみ、「被害者」への平等性が可能となる。

 学生ホールで待っていてくれたのは、Sさんだった。彼は、双葉町の原発被災者であると同時に、双葉町で唯一の津波被災者だった。津波の巨大な波に飲み込まれた時、それまで手を握っていた母親とばらばらに流され、泥の海の中で死を覚悟したが、偶然に負傷しながらも助かった。母親はとうとう見つからず、双葉町での唯一の行方不明者となっている。彼が騎西高校の避難所に来るまでも、簡単なことではなかった。語りだされる話の一つ一つが、あまりに不条理で怒りと悲しみに満ちているにも関わらず、Sさんの表情は本当に柔らだった。学生ホールの片隅でインターネットを駆使して、様々な情報を発信し、ここにいる人たちのために活動している。最後の一人が行き場所を見つけるまで、この避難場所を離れないと、穏やかに、きっぱりと語ってくれた。不条理の果てに、何が一番大切なのかを身に着けた素晴らしい人だった。

 話していると、70過ぎの男性も参加して来た。早く自分の店を持つのが夢だという。理髪店を双葉町で開いていたけど、そのまま残して来たのだという。彼の願いが実現することはもうないだろう。双葉には戻れないし、新しい店を開くには年齢が高すぎるのだ。「いったい、これからどうすればいいんですかね・・」「ここから出て行けというけど、私たちは、どこに行けばいいんですか!」、話しながら、みるみる彼の目から涙が溢れた。

江藤日記

 原発の避難者や、地震・津波の被災者対象の避難所はすべてなくなっている。この避難所は、日本で現在残っている唯一の場所だ。しかし、今ここに居る人たち~一人暮らしの高齢者や病気を抱えていたり、事情を抱えている人達~にとって、知らないところで生活することはどんなに大変なことか!今、ここに居る人たちは、同じ双葉町の人たちが、一緒に暮らせる復興住宅をこの騎西町に作ることを求めている。しかし、避難者たちのこうした切実な願いを福島県そのものが認めようとしない。埼玉県の騎西に住んでいても、彼らは福島県民である。他県に住む避難者が、他県の中で復興住宅を建てて生活することは、その県の人口の流出にもなるからだ。また埼玉で福島の被災者の復興住宅を作る費用は一体だれが出すのかなど、確かに解決しなければならない問題は多い。しかし、被災者や避難者の側の立場に立った切実な願いから、なぜ考えないのだらうか!不条理に故郷から追い出され、流転している人たちの立場に立った政策がなぜできないのかと、腹立たしいばかりだ。