前回の記事で、アンドレのオスカルへの愛の告白シーンを、
これまでのオスカルとフェルゼンとの関係性の妄想・考察やら
オスカルの失恋シーンの考察などを交えて再び考えてみました(*'ω'*)
このあたりで何となくポイントになっているのが、
オスカルはこれまで軍人として意気揚々と生きてきたのだけれども、
軍人として生きてきたことにより自分の女性としての幸福の追求が妨げられたのかもしれない事実を知ることにより、これまでの自分の人生を再び顧みる状況になり、
オスカルは少し自分の生き方について悩み始めている
そういった点じゃないかということです。
オスカルはフェルゼンへの恋をあきらめ、これからもこれまで通り軍人としての人生を邁進していこうとしていたと思うのですが、
でも軍人として生きて行く
=女性としての幸せが得られない
そんな思いも芽生え、
オスカルの中に軍人としての人生と女性としての人生との間に矛盾が生まれ、
軍人として生きる
=自分の女性性を否定することになる
なーんて思い始め、
これから女性としての自分を否定する人生、そう、自己否定につながるような生き方に向かって行っている不安をオスカルは抱えているのでは?
なーんて妄想してみました(*'ω'*)
女性としてのアイデンティティーが危うくなって、
でも本心は女性としての幸せも追求したくて、
でもフェルゼンとの関係も失い、
もう軍人としての生き方しか自分には残っていなくて、
そんな不安の中で、
アンドレのオスカルへのあの怒涛の愛の告白があった
なーんて妄想
アンドレの告白はオスカルが向かっているかもしれない自己否定の生き方に反し、
もうすごく己の気持ちやセクシャリティーに誠実な告白🌸
もうある意味、自己肯定の塊のような愛の告白シーンであり、
なんだか人権宣言的?(笑)
人間の最低限の権利である、
人を愛する心とか
愛する人と触れ合いたいだとか
といった基礎的欲求を肯定して、
身分によって同じ人間が分け隔てられてしまっている
人間が作り支えているシステムを超えて行ったアンドレ。
アンドレは女性としてのオスカルの心も体も愛し、
他の男に渡したくない(秘かにオスカルの全ても欲しい)
といった心からの渇望も全開で愛の告白をした
いや、計画して行ったわけじゃなくて
唐突かつ衝動的な行動ではあったとは思うのですが、
うん、でも、アンドレ…
もう、一人革命だね!
身分という旧体制の縛りを超えた
人権宣言&革命行為!(・ω・)ノ
アンドレってありのままの姿を肯定するタイプの人みたい。
自分も肯定、オスカルの全ても肯定。
なんだかそのスタンスでこのときオスカルを抱き留めているようなイメージ
【ベルサイユのばら 電子版 5巻】
と、勝手に妄想して大興奮(・ω・)ノ
...で、このエピソード40なのですが、
オスカルの恋心がフェルゼンにばれるシーンに始まり、
【ベルサイユのばら 電子版 5巻】
アンドレの愛の告白&キスで終わるので、
【ベルサイユのばら 電子版 5巻】
このエピソード=オスカルの心がフェルゼンからアンドレへ移る重要回
とこれまで理解してきました。
たしかにそれは事実だと思います。
そしてわたしは同時に、
フェルゼンはオスカルを男の親友として、同じ伯爵&軍人貴族として
尊敬し絆を深めてきていて、女性としては恋愛対象ではなかった
と、勝手に解釈してきました。
実際にはフェルゼンは、オスカルとの別れのシーンでも言っていた通り、
アントワネットさまの上へ自分の運命が定められてしまっているので
それゆえオスカルとの男女の関係はあり得なかったわけですが…
軍服を着た立派な軍人であるオスカルと男の親友同士として絆を深めてきたのであって、
女性としては愛せない
もしそうならフェルゼンは、オスカルの女性性を否定していることになってしまう。
でもそれまでのオスカルとフェルゼンの関係性をじっくり観察してみたら、
出会いこそフェルゼンはオスカルを男だと思っていたけど、
その数か月後の王太子妃落馬事件の時にはすでにオスカルが女性だと分かったわけで、そのあとはオスカルを女性として認識しているし、
フェルゼンはフランスを離れる直前にはオスカルに、
軍服なんか着て女性としての青春をあきらめて寂しくないのか?
なーんて質問をしているの。
こういったフェルゼンの言動を見ても、
フェルゼンはオスカルのことを女性として認識していて、そう接していて、
でも軍人としても一人の人間としても誇り高き貴族としても尊敬していて、
いってみればオスカルのことを
ものすごく肯定してくれていたようなのです(*'ω'*)
しかもどうやら秘かにオスカルに
女性として性的な魅力すら感じていたようなフェルゼン
オスカルがドレス姿で挑んだ例の舞踏会で、
正体を隠したオスカルと踊っていたフェルゼンは、
【ベルサイユのばら 電子版 4巻】
オスカルのことを、
美しい人だとか
香る肌をしているとか
なんだか性的な魅力を感じているような言葉でほめているの
たぶんそう言った言葉は、女性としてオスカルが
フェルゼンからかけてもらいたかった言葉だったと思います。
このようにフェルゼンって、
実はオスカルをただの男同士の親友として、
尊敬できる軍人&貴族というだけでなく、
その女性的な魅力も肯定していて、
実はオスカルのことを結構丸ごと受け入れてるの。
そう、思った以上にアンドレ的オスカルとの接し方
フェルゼンは貴族なので、
少し関係性が形式的なところはあるのかもしれないけれども、
でもアンドレみたいに、
女性として魅力的なオスカルも
軍人として一人の人間として立派なオスカルも
肯定してくれていたみたいなのです。
そうフェルゼンは、オスカルが男装していても軍服を着て軍人として生きていても、
きちんと女性として見ていてくれていたし、
人間としても親しく接してくれていた。
ものすごくアンドレ的、
立体的な関係性
ただ、彼の心はすでにアントワネットさまの上に定まってしまっているので
男女の関係になれないだけ。
でもオスカルはフェルゼンへの失恋で
自己肯定感が低くなりつつある。
自己肯定感が低くなる理由はたいてい
ありのままの自分を認めてあげたり受け入れてあげられないからであり、
オスカルの場合、
軍人として生きて行くこと
=女性としての幸せをあきらめる
=女性としての自分の性をあきらめる
この考え方の呪いにかけられ始めているから。
えっ、じゃあ、オスカルの生きづらさの原因って何?
なのですが、
そう!
女性なのに女性としての幸福の追求ができない
これが問題なのですね。
もし軍人として生きていても愛する男性と幸せに生きて行けるのであれば、
軍人として生きることと女性として幸せになることの間には
何の矛盾もないもの。
でも実際にはオスカル、ずっと恋をしていて愛し合いたかった男性に、
出会いの瞬間に女性だと分かっていたのなら
なんて言われてしまい(@_@)
軍服姿、軍人としての人生が、自分の女性としての幸せの追求の障害みたいになっていた現実をオスカルは知ってしまった。
...じゃあ、それは一体誰のせい?
と考えて行ったら…
ほーら、もうあの人のせいですよ
あの人👇
オスカルが本来の女性としての自分を受け入れづらくなり、
ありのままの自分生きれなくしている張本人
そう、父上であるジャルジェ将軍!
...で、このエピソード40をもう一度よく見てみたら、
こういうこういう構成だったの(゚д゚)!
オスカルとフェルゼンの別れ
オスカルとベルナールの対話(アンドレとロザリー同席)
オスカルが父上に反抗
ロザリーとベルナールの会話
オスカルが暗い寝室にこもっていてアンドレを呼び入れて、
そして起きてしまったアンドレの怒涛の愛の告白劇!の冒頭シーン
そう! このエピソード40のちょうど真ん中あたりになんと!
【ベルサイユのばら 電子版 5巻】
オスカルが人生初、父上に反抗するシーンが挟まれていたわ!!
Σ(゚Д゚)
そう、オスカルが女性として、ありのままの自分を生きづらくしている張本人に対し反抗しているシーンが挿入されているの!
そしてその直後に、
アンドレがオスカルに怒涛の愛の告白!
ありのままのオスカルの姿、性、人間性を受け入れようとしない
父ジャルジェ将軍と、
女性としてのありのままのオスカルの全てを愛し受け入れ欲し、
この上ない自己肯定感の上で全身全霊で愛の告白をしてきたアンドレ
理想の軍人像や息子像を押し付けようとする家長である父将軍と
ありのままのオスカルを受け入れ愛するアンドレ
|ω・)
...ああ、もうこれ、
フェルゼンからアンドレへのお話というより、
父将軍の手を離れてアンドレへと向かって行く
オスカルの物語だったのですね!!
(と、大妄想!(・ω・)ノ)
もうわたしの脳内には、
【ベルサイユのばら 電子版 5巻】
妄想上、この激熱シーンがちらついている…
|ω・)❤
(笑)
...と、このあたりのベルばらのストーリー、
実は一つのテーマだけじゃなくて、複数の重要なテーマがうまく絡み合っているようなストーリー展開なのでは?
なーんて妄想してしまいました。
それにしてもアンドレ…
なんだかあなた
すごいわ~
なんというか、
熱い!
情熱を秘めた静かなる革命家!
そしてオスカルの人生はいろいろな意味で、
アンドレなくしては成り立たなかったのでしょうね。
もんのすごいドラマです
ちょっと興奮しすぎて
言葉が追いつきません(笑)
...と、妄想上大興奮ですが(・ω・)ノ
このあたりの妄想、
もう少し続きます…
アンドレのオスカルへの告白シーンについて
もう少しだけ妄想します(*'ω'*)