5月5日(金)


水曜日の夕方からあがった太郎君の熱はなかなか下がりません。こちらには、Tylenolという超優れものの市販薬があり、これを飲ませるとたちまちお熱が下がるのですが、効果が切れてくるとあっという間に38度を超えてしまいます。昨夜は、2,3時間おきに目を覚ましては泣き、最後には39.6度を記録しました。とうとう、久しぶりに病院に連れて行くことにしました。


かかりつけのホームドクターにアポイントをとって、1年半ぶりに抗生剤を出してもらいました。太郎君たちは体質的に感染症にかかりやすいといわれているのに、1年半も抗生剤なしで過ごしてきたというのは、記録的にすごいことなのです。強いぞ、太郎君。抗生剤を与え始めると、あっという間にお熱も下がり、ヨセミテも元気に行ってきました。


この前、このドクターにお会いしたのは、花子ちゃんの頭痛の相談に伺ったときでした。で、太郎君を診ていただいた後、「その後、花子ちゃんはどう?」といったところから、ちょっとお話がはずんでしまいました。そして、とうとうドクターの過去が明らかになったのです!アメリカで臨床医の資格をとるのは、日本のお医者様でも大変難しいこと。だから、こちらの日本人仲間では、「彼女は特別。高校時代に留学していたらしい。」といった噂が広まっていました。しかし、事実は小説よりも奇なり。なんと、このドクター、高校を卒業したあと日本の航空会社でスチュワーデスとして5年働き、それからお医者様になりたくなって、でも、当時の日本の学校制度では(今でもなかなか難しいけれど)、そんな出戻りはなかなか受け入れられなかったので、思い切ってアメリカの大学まで来てしまったというのです。「だから、遅咲きなの。こちらの大学を始めたのは25歳のときよ。」といってフッフッと笑う先生、格好いいですねぇ。


ここにいると、本当に素敵な方に沢山会えて、人のすることに「不可能」ということはないのだなぁ、と、感動することが多いです。若いころにこういう人たちにもっと沢山会えていたら、自分ももっと冒険できただろうな。花子ちゃんは、いいな。こんな素敵な人たちに8歳のころからめぐり合えて。花子ちゃんも、このドクターのように、色んなハードルを軽々と飛び越えて、やりたいことに自由に挑戦する人生を送って欲しいものです。


しかし、スチュワーデスからアメリカの臨床医への転身なんて華麗すぎるわっ。ドクターが処方箋を書くためにちょっと席を外したときに、丁度、花子ちゃんをピックアップしてくれたパパが診察室に合流したので、大急ぎでこの話を耳に入れたら、「絶対に信じられない。」とか言いながら、戻ってきた先生に、お目目キラキラさせながら、「先生っ、スチュワーデスだったんですか!」て、もう一度聞くし。日本人男性に対するスチュワーデス効果は今も昔も変わりのないようで・・・。