お母さん、ひと足お先にといふことになりましたが、冬菜のために、わたしに代つて、なるべく長生きをしてやつてください。
兄さん、あなたには別にあらたまつて言ふことはない。もう既に一度、何年か前に別れの挨拶をしたね。その時はあなたの方が先だと思つたが、また逆になつた。あとのことは、なにも心配してくれなくていい。おなじ血を分けながら、運命が二人をまつたく別の道へ進ませた結果を、あなたは、最近ひどく苦にしてゐる様子だつたが、僕は、それほどあなたを遠いところにおいてみてはゐないのだ。兄さん、あなたの美しさは、ただ、僕のところの子供たちにはわからない。時代のせゐだ。手をかしてくれたまへ。
それから、大里君、君とは、時間さへあればゆつくり話したいことがある。話してどうなることでもないが、やつぱり話さないと気がすまんといふやつさ。君には、公私の生活に亘つて、ずいぶん世話になつた。こつちも、多少、世話をやかされはしたが、それもこれも、お互だからできたのだ。お礼を言ふのは水臭いといふなら、よす。それ はよすが、僕の葬儀委員長は、君のところへもつて行くだらうと思ふから、迷惑でもこいつは是非引うけてくれ、そして、できるだけ簡素に、無宗教葬にして、式場があればその式場で、僕の好きなバッハでも、レコードでやつてくれるといい。
