こんばんは!
熊本で震度7 !!
10年前
大地震に見舞われたばかりだというのに。。。
暑い中、電力供給が止まりませんように!
九州地方の皆さん
出来るだけご安全にお過ごしください。。
何処にいても
災害と隣り合わせの日本
かく言う自分も
火山の麓に物件を買ってしまいました.....
ちょうど昨日
江戸時代の噴火の被害状況や
復興の記録を学んだところでした
【軽井沢追分宿郷土館・特別企画展】
記録によると
噴火活動は3ヶ月間にわたったそうです
噴火の時系列をパンフレットより
文字起こししました
天明3年(1783年)
旧暦(新暦)
- 四月九日(五月九日)
噴火の始まり。噴煙が覆い、大地が鳴り響く。以後五月二五日まで沈静化。
沓掛に立札が建てられる。 - 五月二五日(六月二四日)
再び噴火が始まる。午前七時頃から石臼をひくような山鳴。 - 五月二六日(六月二五日)
午前一〇時頃から正午頃まで、大きな鳴動とともに強い爆発。 - 五月二七日(六月二六日)
午後四時頃から六時頃まで鳴動。 - 五月二八日(六月二七日)
夜半に大きく鳴動。 - 六月一-八日(七月一-八日)
夜半過ぎに甚だしい地響きがある。 - 六月二六日(七月二五日)
午前八時頃から正午頃まで鳴動するも、煙は薄い。 - 六月二七日(七月二六日)
午後四時頃大きな鳴動、煙は東南にたなびく。 - 六月二八日(七月二七日)
午後四時頃大きな鳴動、煙は東にたなびく。 - 六月二九日(七月二八日)
正午頃、五月二六日よりさらに激しい大爆発があり、煙灰を東に吹く。
江戸に降灰、家屋戸障子が振動。 - 七月一日(七月二九日)
午後三時頃から五時頃まで激しく噴火。 - 七月二日(七月三〇日)
午後二時頃から八時頃まで激しく噴火。 - 七月三日(七月三一日)
激しく噴火し、軽井沢から高崎、埼玉県玉の辺りまで降灰する。 - 七月四日(八月一日)
激しく噴火し、軽井沢から高崎、埼玉県児玉の辺りまで降灰する。 - 七月五日(八月二日)
午後六時頃より噴火が始まり、九時から一時頃にかけて寝ていた者も起きるほどになる。黒煙の中から絶えず雷光が発し、前掛山へおびただしく砂石を吹き出し一円の火となる。 - 七月六日(八月三日)
朝、一度噴火は止んだが、午後二時頃から夜一〇時頃にかけて激しく噴火し、牙山も大小火石が雨のように降り、火は裾野にも燃え広がる。江戸から銚子付近まで火山灰や火山毛が降る。追分宿や沓掛宿では午後二時頃から老人や子供を先に進め、七日暮れに岩村田や小諸など近在へ逃げる。 - 七月七日(八月四日)
午後一時頃より四時まで降灰が甚だしく、埼玉県深谷の辺りでも闇夜のようになり、提灯をもたないと行き来できないようになる。振動や雷鳴が強く、戸や障子が外れる。夜には激しく噴火し、軽井沢宿や沓掛宿では、猪・鹿・狼などが山から飛び出してきて騒然となった。 - 七月八日(八月五日)
午前八時頃より一時頃まで噴火の勢いが最も激しく、江戸でも午前一〇時頃から正午頃まで薄暗くなる。午前一〇時過ぎに非常に大きい大鳴響とともに焼け岩熱泥の大押し出しが発生。北側の火口からは「鬼押出し」溶岩が六里ヶ原に流れ出した。この日をもって噴火は終息。
この時の噴火では
浅間山北側の人的被害が甚大だった
更に縄文時代にまで遡ると
南側の被害が大きかったらしいので
完全にロシアンルーレットですね。。
【主な影響・二次災害】
・天明の大飢饉への拍車
広範囲に降った大量の火山灰が農作物に深刻な被害を与え、当時すでに進行していた「天明の大飢饉」をさらに悪化させました。
・利根川の水害
吾妻川・利根川の河床に土砂が厚く堆積したため、その後数年にわたり治水能力が低下し、流域で大規模な洪水が頻発する原因となりました。
以前に江戸から出張中の商人(従業員)の
手記を読んだことがあって
西の小諸まで出ると
降灰はあったものの
嘘のように平和だったそう
基本的に上空の風向きが
東向きのケースが多いようです
現在では、観測技術も発達しており
かなりの精度で噴火の予測が
出来るようですが
災害リスクと風光明媚さは
トレードオフ
貴重で平和な時を
大事にして過ごしたいと思いました!
















