「陰キャ」「陽キャ」と言う言葉がよく用いられますが、私はもちろん前者であり、そもそもこのような分類を行うのもその性質であると思っています。これを私の言葉で説明し、友人関係の構成を理解して頂けたらと思います。

 陰キャ、陽キャという単語は便利であり、それだけで人間性の評価のみならず、自虐や揶揄に用いることができます。ネガティヴキャンペーンに定評のある私はむしろそのような用い方をすることの方が多いです。人間性の評価や対人関係の言語化に於いては「日陰に生きるもの」などといった表現をします。
 この表現において「日」というのは日々の生活の充実感やその性格の明るさを直感的に表さんとするものであり、日陰に生きる者にとってはインスタ映えに眩しいという感想を覚えることなどといった具体例からも理解を得易いのではないかと考えます。

 また、日陰・日向においてもその2分割とするのみならず、「日向の中心」から「日陰の奥」と段階を踏んで分類し、さらに範囲を持たせて表現する事もあります。
 例として、私は自己を「日陰の中心に生きるが、稀に日向に出て逃げ帰ってくる」タイプの人間と評価しています。この説明でなんとなく表現の概要が伝わったものと願います。ちなみに日陰の奥はジメジメしてるので嫌いです。


 幼稚園では工作室にこもりきり、平仮名の練習もなかったので小学1年生の私は文字もまともに書けない未発達児でありました。小学生2年生でよい師に恵まれ、それ以来中学3年生に至るまで大した自習もする事なく成績はトップクラスを維持し、高校は地元の進学校に通うこととなりました。入学当初はそこでも優秀な成績(全体の上位10%以内)を修めましたが、高校の学習内容は努力なしに理解できる範囲を悠に超え、ついに成績は下層へと墜ちる事になります。
 そこに至るまで、私にとって学校の勉強は「やればできて当然、やらなくてもある程度は問題ない」ものであったため、その程度に個人差がある事を思い知った今では反省を尽くす限りですが、「学校の勉強も満足に出来ない者は知能に問題がある阿保だ」との考えを持ち、学力水準が自分より低い殆どの同級生を見下してきました。対人関係に支障をきたすことは当然であり、このような私のスタンスを認めた上で付き合ってくれる心の広かった人としか関係を維持することができませんでした。中学を卒業し違う道を歩むようになった今も尚付き合いのある友人といえば片手に収まる程です。もちろん今ではこれを当然の結果であると受け止めるとともに、残った一握りの友人には感謝するばかりです。
 対人関係の問題には他にも大きなものがありますが、それは今後別の主題にて語ることとします。


 日陰に生きる者の特徴として、日向への抵抗があると考えています。闇に順応した目に陽の光は毒にすらなりうるものです。かの有名なプラトンも似たような事を著してしたと思います。
 私の姉は(私が思うに)日向に生きる者であり、例えばオススメのアフタヌーンティーを尋ねれば予算・日程の確認の後候補をすぐに複数教えてくれたり、外泊のために翌日の着替えを最寄り駅まで配達させたりします。(ひどく頭のネジが緩んだ両親に順応するため)良好な関係を築けていると常々感じ、周りからもそう評価されることが多いものの、私は彼女のインスタグラムをきちんと見ることができません。
 かけ慣れないフィルターの放つ色彩、顕示の如く並ぶ横文字の位置情報、よくわからないハッシュタグに育ちの良さが窺える美麗な友人などさまざまな要素に圧倒されてしまいます。これが私にとって毒となる「日」そのものなのです。また仔細は割愛しますが、弟も日向に生きる者です。おそらく私と姉、日陰と日向の様子を客観的に見て良いものを選んだ結果なのだと思います。
 しかし、日向に生きる者は日陰をとくに強く認識していない事が多く、その如何に関わらず日陰を訪れた際はそこで問題なく過ごす事が出来ていると感じます。日陰に生きる者としてはそこで日の温もりを感じるのが精一杯なのです。