2月19日 パリ レピュブリック広場

 

 

 

2月11日。全てはクリストフ・カスタネ―ル仏内務大臣の記者会見から始まった。

 

フランス国内における、昨年の反ユダヤに関連する事件が541件と、2017年の311件に比べて74%も増加したことが発表された。

 

それから3日後の14日、フランス社会党の第一書記長オリヴィエ・フォール氏が『反ユダヤ主義はユダヤ人だけの問題ではなく、全フランスの問題である。』と翌週19日火曜日の反ユダヤ抗議集会への参加を各政党の政治家にTwitterで呼びかけたのだ。

 

そして、今や毎週土曜日の恒例行事となった黄色いベスト運動の14週目を迎えた2月16日。

パリ市内のモンパルナス地区で事件は起こった。

 

偶然、その場に居合わせた思想家アラン・フィンケルクロート氏が黄色いベスト運動参加者から罵声を浴びたのだった。

 

『汚い糞ったれシオニストめ!出ていけ!』

『ここで、何してるんだ!どっか行け!』

『お前は悪だ!死ね!地獄へ落ちろ!』

『神はお前を制裁する!国民はお前を制裁する!』

『汚い人種差別主義者め!』

 

 

 

 

Alain Finkielkraut アラン・フィンケルクロート。

 

若干ディスレクシア気味の外国人からしてみると、カオスな名前をもつフランスの哲学者。彼は1949年にボーランド系ユダヤ人両親の下に生まれ、長年にわたり、エコール・ポリテクニックで思想史を教えていた。また、1985年から自分のラジオ番組を持っていて、保守系の論客として有名で、フランスの学術界最高の権威アカデミーフランセーズの会員でもある。

 

2015年1月に風刺新聞社シャルリーへブドが襲撃されて多くの死者が出たテロの際には、イスラム恐怖症からJe suis Charlie (私はシャルリー)を明確に表明し、多くのメディアに露出していた。

 

幸い、アラン氏は現場にいた警察官によって護衛され、その場を立ち去ることができた。その直後に彼はマクロン大統領に状況を電話で直接説明したらしく、

 

マクロン大統領はTwitterでこのように呟いた。

 

『ポーランド移民の息子で、アカデミーフランスセーズの会員となったアラン・フィンケルクロート氏は卓越した文学者としてだけではなく、この共和国が各自に許容するもの(理念)の象徴である。アラン氏が標的となった反ユダヤ主義の罵詈雑言は私たちの存在、そして、この大国をくり成すものへの絶対的な否認である。私たちはそれらを容認しない』

 

メディアも一斉にアラン氏へ罵声を浴びせた黄色いベスト運動参加者を反ユダヤ主義者だと断罪した。

 

しかし、このマクロン大統領を始めとした政府閣僚のTweet、そしてこの事件を報じるメディアの姿勢に対してフランス人が猛反発したのだ。

 

なぜなら、マクロン政権とメディアは反ユダヤと反シオニズムを同一視し、一部の過激な参加者の罵声だけを切り取り、黄色いベスト運動イコール反ユダヤだというネガティブキャンペーンを張ったからだ。

 

反ユダヤと反シオニズムは根本的に異なる。ユダヤ人はユダヤ教を信じる人々のことを指し、シオニストとはそのユダヤ人の中でもイスラエル(パレスチナ)の地にユダヤ人のための故郷を建設するという野望を抱き、イスラエル国家の正当性を盾にアラブ人やイスラム教信者に対して排他的な人々の事を指す。

 

そして、このシオニスト達が政財界・メディアを裏で支配し、国民を搾取していると考えること、フランス語ではThéorie de complot 陰謀論と呼ぶが、この陰謀論がフランス国内で現在、蔓延しているのだ。

 

一方、フランスメディアは土曜日から繰り返して、アラン・フィンケルクロート氏が罵声を浴びた映像を垂れ流し、黄色いベスト運動参加者は反ユダヤ主義者だとレッテル張りに躍起だった。ちなみに映像の中で、罵声を浴びせた男は『反ユダヤ』などと叫んでいない。彼が叫んだのは『反シオニスト』であった。

 

一方、SNSを使用するフランス人は、マクロン政権やフランスメディアが黄色いベスト運動を信用低下(décrédibiliser)させていると完全に見抜いていた。

 

翌日の日曜日には、こうしたマクロン政権とメディアによる黄色いベスト運動の道具化(Instrumentalisation)に抗議するデモが行われたぐらいなのだ。

 

 

そして、反ユダヤへの抗議集会が行われた19日火曜日の朝、アルザス地方のクアツェンハイム村のユダヤ人墓地で96基もの墓が荒らされているのが発見された。マクロン大統領は即座にこの墓地へと駆けつけ、反ユダヤ主義に対して政府として対応すると被害にあった村民へ呼びかけた。

 

 

 

 

19時からの抗議集会ではパリ・レピュブリック広場に2万名もの人々が集まり、現在フランス社会に蔓延する反ユダヤ主義と人種差別に対して『ça suffit もうたくさんだ』と訴えた。

 

 

 

パリ・レピュブリック広場での集会には、フランソワ・オランドやニコラ・サルコジといった前大統領や主要閣僚、国会議員、自治体首長らが集まった。なぜなら、反ユダヤ主義はフランス共和国の理念【ライシテ(国家の非宗教性=信教の自由の保障)】を破ることに繋がるからである。一方、マクロン大統領はレパブリック広場での集会には参加せず、パリ4区にあるホロコースト記念館で反ユダヤ主義撲滅を誓った。大統領としての声明が待ち望まれたが、翌日のCRIF全仏ユダヤ代表評議会での晩餐会でスピーチを行うと発表。

 

一方、国民連合のマリーヌ・ルペン氏はこの集会に参加しなかった。そもそも、国民連合の政治家は集会には招待されず、ルペン側もこの数十年間に渡って、フランス共和国のライシテを脅かすイスラム教徒の過激化を放任してきた政治家らと同じ場所に立つことを拒否し、彼女は彼らと別で、反ユダヤ主義の犠牲者を追悼することを発表したのだ。

 

そして、2月20日、晩餐会の会場となったルーブル美術館では200名もの警察官・憲兵隊が動員され、物々しい雰囲気に包まれていたという。21時に晩餐会がはじまり、まず約30分に渡り、評議会会長が現在のフランス社会におけるユダヤ人の状況について述べた。

 

『フランスにおけるユダヤ人の割合は1%以下にも関わらず、人種差別に関連する事件の50%が反ユダヤに関連する』

 

そして、マクロン大統領が約30分間に渡り回答した。

 

要点は4つ。インターネット上の憎悪表現に関して罰則規定を設けること。フランスにおける反ユダヤ主義の定義を変更するということ、即ち反シオニズムも反ユダヤ主義の範疇に加えること。ユダヤ人の子供たちが差別されている学校への調査を開始すること。そして、過激な極右団体を解散させること。

 

 

 

 

以上がこの1週間の間にフランスで起きたことだ。

 

 

さて、私はここにフランス社会への大きな違和感を覚える。

 

まず1点目はフランス社会で迫害されているのは必ずしもユダヤ人だけではないことだ。確かにユダヤ人社会が恐怖に脅かされているのは事実で、実際に集会に集まったユダヤ人と話を交わす中で彼らがフランス社会で孤立していることも理解できた。また、墓地や信仰の対象に落書きするなんてことは決して許されるべきではない。しかし、キリスト教の教会も荒らされており、アラブ人社会なども迫害されている。にも拘わらず、ユダヤ人だけが過度に注目を浴びていることに違和感を覚える。

 

次に、この反ユダヤ抗議集会の社会的意味だ。私が撮影した動画をご覧になればわかるが、今回、集会に集まったのはユダヤ人と、白人の高齢者ばかりで若者や白人以外の人々はほとんど居なかった。

 

集会主催者は4年前のシャルリーへブド誌が襲撃された時のように(パリでは200万~400万人が集まったとされる)交通機関が安全上の理由で封鎖されることを願ったが、交通機関は正常に動いていた。

 

参加者が少なかったのは、言論・表現の自由が脅かされた4年前に比べて、ユダヤ人への襲撃(共和国の理念ライシテの侵害)が自分たちの問題だとして捉えられなかったからだと言える。

 

そして、4年前に比べて、このライシテの欺瞞性にフランス人が気づきはじめたからではないかと思う。ライシテとは表側から見ると国家の非宗教性、つまり信教の自由の保障なのだが、裏側から覗いてみると(自分たちの)信教の自由の保障なのだ。

 

この自分たちのとはキリスト教でありユダヤ教であったりする。

 

例えば、数年前にフランスはライシテ(国家の非宗教性)を盾に、イスラム教女性のブルキニと呼ばれる水着の着用を禁じた。

 

また、今月、パリ13区の郵便ポストのシモーヌ・ヴェイユの落書きの上に、何者かがナチスの鍵十字を描いたことが大変問題となった。もちろんナチスドイツは西洋社会では完全にアウトだが、これがイスラムのムハンマドであればここまで断罪されなかっただろう。

 

実際にフランス人はシャルリーへブド社の風刺画には寛容さをみせた。

 

他者の神への冒涜はブラック・ユーモアという言葉で片づけ、自分たちの神への冒涜はライシテの侵害であると騒ぎ立てるのである。

 

そして、現在を生きるフランスの若者はこうしたフランス共和国の欺瞞に気付きはじめている。なぜなら、彼らはアラブ系、アジア系、アフリカ系、北欧系と様々なオリジン(出身)で構成される多様な社会の中で毎日を生きているからだ。また、フランス人の非純血主義もかなり影響している。

 

一方、反ユダヤ抗議集会に参加した高齢者やフランス社会の一部のエスタブリッシュメントは極めて閉鎖的な社会で生きている。テレビのニュースが正しいと信じ、自分たちだけが正しいと盲目的になり、そして、それは結果として実態のないイスラム恐怖症(イスラムフォビー)へと繋がっていくのだ。

 

マクロン大統領は昨日の晩餐会で、反シオニズムを反ユダヤと位置付けると発言した。

 

先週土曜日に黄色いベスト運動参加者、後に彼はイスラム・サラフィー派の活動家であることが判明したが、彼はシオニストを批判したのであってユダヤ人を批判していない。

 

本当にユダヤ人を守るためには、ユダヤ人とシオニストとは全く異なるものだと丁寧に説明すること、そして、フランス社会に蔓延するThéorie de complotを陰謀論だとは片づけずに、それが陰謀論ではないということを自らの口で証明することが重要であるはずだ。

 

しかし、エリゼ宮の主は全く正反対のアプローチで解決を図り、それが新たな反ユダヤ主義の火種を撒いている。

 

黄色いベスト運動参加者だけではなく、市井のフランス人までもがマクロン大統領とはいったい誰のための大統領なのかと疑問に思っている。

 

マクロン大統領がいったい誰のための大統領なのか?

 

昨晩のスピーチが全てを物語っていた。