26日土曜日、パリ18区のアパート4階で宙づりになっていた4歳の少年を、スパイダーマンのように壁をよじ登って救出し、一躍フランスの英雄となったマムドウ・ガサマ青年。
彼の危険を省みずに、少年を救った勇気を称えるために、28日月曜日朝、マクロン大統領は大統領官邸のエリゼ宮にマムドゥ青年を招待した。
フランス語で≪Sans papier 書類無し≫状態であったマムドゥ青年は、言ってみればマリからやってきた難民であったのだ。そんな彼に、マクロン大統領は『あなたは (フランス人の)お手本になった。国として認めるのは当たり前である』とフランス帰化を提案したのだ。
マムドゥ青年は記念のメダルと表彰状を手にエリゼ宮を去ったが、このような特別な形でフランス帰化が認められたのは、2015年1月、フランス同時多発テロの際にユダヤ人スーパーでの人質立てこもり事件の重要な手掛かりを治安当局に提供した、同じくマリ出身のラッサーナ・バシィリー氏以来となる。
時間が経つにつれて、マムドゥ青年の素顔も明らかになってきた。彼は2013年に故郷マリを離れ、その後、ブキナファソ・ニジェールを経てリビアにたどり着いた。リビアで、友人らと共に働いていたが、暴行を加えられたりし、ヨーロッパへ渡ることを決意。2014年3月に難民ボートで地中海を渡りイタリアにやって来た。途中、海上で警察に捕らえられたが、先にフランスへ渡っている兄と合流するのだと何とか説明し、事なきを得たという。
フランスにやってきてから、マムドゥ青年は非合法で働いていた。しかも、彼はフランス難民申請を一切していなかったという。しかし、今回の勇気ある行動のおかげで、フランス移民局は今週中にマムドゥ青年と面会し帰化申請手続きを開始する。
マクロン大統領は自身のTwitterでマムドウ青年にパリ消防隊で働くことも提案していた。
しかし、マクロン大統領は今回の措置をあくまでも例外的な決定だと報道陣へ念押しした。
『われわれはマリやブキナファソから来た全ての人に滞在許可を出すわけにいかない。彼らに危険が迫った時には、避難所を提供する。しかし、これは経済的な理由ではない』
『だが、今回のあなた(マムドゥ青年)の場合、あなたは何か特別なことをした。例え、あなたは何も考えていなくても。それは勇気ある行動で、皆が称賛するものだ』
その一方、この救出劇の間、4歳児の両親はどこにいたのだろうか。パリ検察によると、父親は買い物に出かけていたが、店を出たあとにスマホゲームのポケモン・ゴーを楽しんでいて帰宅が遅れたという。また母親はレユニオン島に滞在中でパリにはいなかった。フランス刑法227条では、児童の保護責任者遺棄は2年の実刑だという。この夫婦への判決は今年の9月に下る予定だ。
