私も関わっているウェブ・メディア、PalmeのメンバーであるYuki Tei氏がウェス・アンダーソン監督最新作【犬ヶ島】を鑑賞し、映画批評を発表している。
なかなか鋭い分析であったので、今回、承認を得て、彼の映画批評をこのブログで発表させていただく。
黒澤明監督作品からたくさんの影響を受けた本作品は日本では5月25日の公開だという。
この映画批評を読んでいただいて、一人でも多くの方に映画館へ足を運んでいただければ嬉しいかぎりだ。
ウェスアンダーソンの新作、「犬ケ島」を日本公開よりも早くに観てきた。
「グランドブダペストホテル」以来、四年ぶりの新作は実写ではなくストップモーションで、Mr.Foxを入れて、今回が彼のストップモーション2作目となる。
ストップモーションとはいえウェスアンダーソン的美学は健在で、彼の実写作品のスタイルとは遜色はないし、またそもそも彼の映画表現はかなり漫画的なのでこういったアニメーション
によく馴染む。
さて、あらすじをやっつけで書いておく。
舞台は20年後の日本の架空都市メガ崎市。犬の頭数が増えすぎている上に犬達の間でインフルエンザの様な疫病が流行っているということで、三船敏郎をオマージュした造形の市長は犬達をどですかでんそっくりのゴミ山に隔離する事を決定する。そこへ愛犬を捨てられたアタリ少年が飛行機を勇敢に操り、愛犬を救いに行くのだが、その飛行機は墜落してしまう、といった感じで物語は始まる。キャラクターの造形や、音楽等に黒澤映画へのオマージュが随所に見られる。映画の冒頭で出て来る神社の神主は「乱」の仲代そっくりだし、主人公のラジオから都合三回ほど流れる音楽は「七人の侍」のテーマ曲である。
また、このウェスアンダーソンが表現する日本が珍妙奇天烈摩訶不思議大冒険で、訳の分からない雑多な美術が目まぐるしく画面上を日本のサラリーマンのように忙しく行き来する。花粉症で目がしばしばしている自分にはつらい情報量の多い映画であった。
ところでこの映画がアメリカのアジアンコミュニティーで少々論争を起こしているようである。
主に文化の盗用(Cultural appropriation)や声優キャストがオール白人であることに批判が集まっているようだ。
個人的に見ていてかなり違和感を感じたのは、英語をごくまともに話す犬達とかなりエキセントリックな表現で日本語を話す日本人との差異である。英語を話す犬達を内在的に人間のように描き、少々脳みそのネジがぶっ飛んだ話し方をする日本人を外在的なオブジェクト的に描く様は気分のいいものではなかった。また、日本人が話すときには字幕がつかないので余計に訳の分からない事を話している未開なアジア人という印象を与えてるいるように感じた。おそらく、ウェスアンダーソンも悪気なくこういう風に演出したのだろう。正直、西洋人は普段からごく自然にこういう風にアジア人を捉えている。スタウォーズの外国語アクセントで話す異星人と綺麗でアクセントのない英語を話す正義の味方ジェダイの例もあるように、これは彼らの悪い癖なのだ。特に違和感を感じたのは、留学生のアメリカ人高校生トレイシーが犬擁護派の学生集会でそれまで周りの学生皆が日本語を話していたのに、いきなり偉そうに英語で話し始めたことと、市長の演説中に彼女が舞台上に乗り込み市長の陰謀を暴く演説を英語で聴衆にしたことである。そもそも日本人はそんなに英語は喋れないぞ。そして、想像してほしい、仮に逆の事を日本人がアメリカでしたらどうなるのかを。
ところで日本では、日本を題材にしてくれてありがたいのにポリコレ棒をぶん回しているめんどくさい奴らはお帰り下さいという風になっているだろう。日本にいる彼らには現地のコンテクストがわからないのは当然だが、都合よく日本という文化を映画に利用された上にリスペクトを欠いて表現される変な日本人という事実をヘラヘラ笑って見逃すのは情けない限りである。
そして、市長のモデルにされた三船敏郎が海外映画に出演する際に、日本人を馬鹿にした役はしないという条件をつけていたことを思い出そうではないか。
西欧圏生活者のネガティブな愚痴はここで書き止めにしよう。
さて、こういう事を差し置けば、この映画自体はウェスアンダーソン的なギミックに溢れた温かみのあるビックリ玉手箱映画となっていて普通に楽しめる事をここに約束しよう。
日本公開は25日となっているがそれまでに黒澤映画を復習して、映画中に出て来るオマージュにニヤニヤするのも良いだろう。文章中で少しネタバレしてしまったが、そもそもウェスアンダーソンの映画はナラティブな部分を楽しむ必要は全くなく、純粋にオーディオヴィジュアルアートとして楽しむものなのでさして問題はないだろう。精巧に作られた美術がこれでもかとメガ盛りで出て来るので、複数回視聴して細部に目を凝らして楽しむのも良いかもしれない。
Yuki Tei

