今日は3月11日。

3・11・・・・

 

今日はいい天気です。

快晴。

少し風があるかな・・・・・

 

あの日、僕は昼に紀伊國屋ホールに入る予定でした。

ヒロさんの二日目だった。

出かける前に地震・・・・

かなりの揺れだったけど、その時ですでにそれなりの地震だと思ったけど、

舞台はあると思っていて、

駅へ・・・・

電車が止まってる・・・・

まあ、それでも一時的なものだろうと、

電車の運転が再開したらなるべく早くつけるようにと川越街道を自転車を

漕いで池袋方面へ向かいました。

すると沢山の人が歩いてきます。

どうもこれはすごいことになってる・・・・

そう思いながら、都心から歩いてくる人の波に逆行して池袋方面へ向かいました。

結局、池袋駅へ・・・・

着いてみると山手線はもちろん動いていない・・・・

それで、新宿に向かって明治通りを自転車を漕いで向かいました・・・・

ぞろぞろ歩くたくさんの人たち・・・・

たくさんの人をかき分けるように新宿にたどり着き、

紀伊國屋ホールのある紀伊國屋ビルの裏へ・・・

当然のようにシャッターがおりていました・・・・

途方にくれていると中からヒロさん。

「ごめん、今日は中止、連絡遅れたんだね。ごめん。」

いやいや、ここまで来ちゃった僕がすみませんです・・・・・

それから地形を頭に浮かべてなるべく最短距離と思われる道を、

自転車を漕いで帰りました。

そんなだから帰るまで情報は何もなくてどんな災害になっているかも

わかっていませんでした。

 

それから、だんだんと何が起きていたのかがわかっていきました・・・・

その前の年、たまたま僕らは別な劇団に頼まれて石巻の学校で公演をしていました。

数校の学校で公演していて、一週間くらいいたのかな・・・・

その学校がたいへんなことになってたのをニュースであとから知りました。

それから高久さんと小名浜へボランティアに行きました・・・・

 

僕らはあの時、何を考え、どう行動したのか・・・・

もう物語にしてしまっている自分がいるけれども、

ちっぽけな人間・・・・いやいやそれでも大きな人間・・・・・

自然の、というよりこの地球という存在・・・・

生きているのか生かされているのか・・・・

命という奇蹟をよく感じて、考えてみると・・・・

 

宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」という物語が語りかけてくれる・・・・・

 

コロナ禍というのを通り越してきてさらにこの物語が浮かび上がってくる・・・

 

 

昨日の舞台の緞帳・・・・・

街の中に塔が立っています・・・・

何を発信しているのか・・・・

何を発信するのか・・・・

 

明滅する光?

電波?

エネルギー?

思い?

叫び?

 

命・・・・・

 

生きるということ、

命があるということ、

今この瞬間存在しているということ

 

 

昨日の仕事は高久さんが40年以上手伝ってきた照明仕事の最終日でした。

僕は25年くらいかな。

高久さんは、まだ数年やれないこともないけど、余力のあるうちに引退する

ということでこの仕事を他の照明会社に譲ったのでした。

高久さんと二人でこの舞台の調光をする最後でした。

もちろん、舞台の世界、舞台照明の世界から引退するというわけではないのですが、

44年関わり続けてきた団体との舞台に幕が下りたのでした。

 

始まりがあれば、終わりがあります。

長くても短くても・・・・

 

僕らは漂うように、この世界を生きています

漂いながらもがきながら

時の流れの中で出会い繋がり

離れる・・・・

 

積み重ねられた時間が今を作っています・・・・・

 

過去を振り返るのは物語を創り出すためではなく、

これからの一瞬、前を向いて歩いていくため、

背中を押し出すエネルギーにするため・・・・

 

そうするように心を強く持っていきたいもの・・・・

 

今週はいよいよ「つばめと王子」ひらたい公演です。

 

 

生きるということ・・・・

宮澤賢治にこんな話がありました。