昔から自分の見る夢(寝ているときに見る方の夢である)に関心を持っている。河合隼雄や秋山さと子といった心理学者の著作を多く読み、ユング心理学に強く惹かれるものを感じたのだが、このユング心理学では夢を無意識からのメッセージとして非常に重要視する。

起きている時のいわば表の意識では気付かない、自分の奥底にある深いメッセージが自分にわかるような形に翻訳されて出てくるのが夢だと思っている。翻訳されているとは言え、表の意識の自分にすぐ意味が通じるという事はまずない。無意識は常に意識を補う、補償する働きをすると言われている。

やたら子供っぽい夢を見たような場合は最近の自分にはそういう部分、遊びの部分が足りないのかと考えたり、やたらみっともない振る舞いをする夢を見たら、現実の自分の態度行動が周囲にはそのように見えているのを夢が教えてくれているのかもしれないと考えたり、と自分に解釈できるのはその程度である。

このところ、殺す殺されるといった物騒な夢を見ることが多く、朝になると何とも不吉な気分で目を覚ましていた。さすがにこういうどぎつい夢を見ると、無意識は自分に何を伝えようとしているのかと考えこんでしまう。

ここ最近あることがうまくいかず悪戦苦闘しており、精神的にもあまりよくない状態であるとは自覚していた。人に頼ることができない性分が災いしひとりでああでもないこうでもないと苦悶していたのだが、ここへ来てその世界の先達に教えを乞おうという気持ちにようやくなることができた。その途端、悪夢が止みやたら元気な状態で朝を迎えることができたのだ。不思議なことにこの夜も夢を見たことは覚えているのだが、その内容が全く思い出せない。

よく考えればこれまでも環境や物事が大きく変わる前に死と再生をテーマにしたような夢を見ていたことを思い出した。今までの自分を殺して新しい自分として生まれ変わるというモチーフを象徴的に見せてくれたのかもしれない。

本当に物事が大きく変わる決定的な瞬間には、噴火する火山や台風の真上を飛ぶ夢を見ることがよくあった。飛ぶ夢は子供あるいは青年時代までに見る夢で、大人になると(良くも悪くも)そういう夢を見なくなるとどこかで聞いた気がする。

飛ぶ夢を見なくなってもうずいぶんになる。近い将来、また火山や台風の上を飛ぶ夢を見られるようになるだろうか。