いつの間にか春の甲子園が大会たけなわとなっている。私自身、高校時代に野球部だったこともあってついつい思い入れを持って観てしまう。

私が野球部員だった時代は丸刈りが当たり前、大会直前になると9mmの丸刈りを3mmに短くして気合を入れるというような、今の高校生には理解できない風潮(風習?)があった。気合だけは十分なのだが実際のチーム力はというとお話にならないもので、甲子園など夢のまた夢であった。

しかし卒業して10年以上が経ったある年、母校のセンバツ大会出場が決まったと知った。まさかと思ったのだが、センバツには21世紀枠という特別枠があり、甲子園に実力で無条件で出場するには至らないが特筆すべき何かがあるような場合に出場が認められるのだ。母校はこれに該当したということで出場が決まり、試合当日には東京から始発の新幹線で夜勤明けに甲子園へ応援に駆けつけたことを思い出す。

試合は強豪校に惜敗だったが、自分たちの時代と同じユニフォームで甲子園のグラウンドに立つずっと年下の後輩たちを見て思わず胸が熱くなったものだ。

あれ以降、母校は一度も甲子園に出場できていない。もう一歩で出場というところにも至っていない。もしかすると数十年先まで甲子園出場は叶わないかもしれない。が、あの年、たった1度だったが甲子園に出場できたことで、当事者たちだけでなくはるか年上の大先輩たちも含めて大切な記憶を共有できたような気がしている。

21世紀枠に対しては批判的な意見も少なくないと思う。努力して勝ち進んだ学校が選ばれず、それ以前に敗れた学校が頭越しに甲子園に出場してしまうのが納得できない人も多かろう。それでも、21世紀枠のおかげで小さな夢を見ることができたひとりとして、この制度があってくれてよかったと思ってしまうのである。

春のセンバツの季節になるとついこんなことを考えてしまう。