
今日は、私とパラオの歴史をお話しします
父は茨城県古河市にある乳業メーカー
トモエ乳業株式会社を経営しております
ミャンマーとは30年、パラオとは20年近く
乳業メーカーである父は、牛を通した交流を
各国と構築すべく大統領と交渉を続けて参りました。
パラオに、まだ電気もないジャングルの時代からです。
もともと、パラオには、ミルクを呑む習慣がありません。
肉を食する文化もありませんでしたから、
牛を運ぶなんて、とてもご理解頂ける事では
ありませんでした。
そんな中、7年前に、私は父と共に、現在の大統領であるトミー大統領とお会いしお話し
することが出来たのです、
トミー大統領は、優れた人柄で、とても
ご理解も深く、お会いした瞬間に私は
魅力されてしまいました。
この国と日本を、私の出来うることでも
繋いでみたい。強い思いに胸が熱くなったのは今でも何ひとつ変わりはありません
大統領室で、
まず頂いた第一声は
何故か私をJapanese ミュージシャンと
思われたらしく、この服装のせいでしょうか?大笑いしたことは、まるで昨日のことの
ようです。
その後、父は牛を日本から運び入れることが出来ました。そして放牧し、日本からの
牛としてパラオの新聞にも取り上げて頂きました。
私は私の道を行く
そんな私の生業の一つであるウエディング
空港に降りた時の
あの、か、ん、ど、う
ウエディングをこの国に持ってきたい
古き良き時代がそのままある国パラオ
透明な海
パラオ人の優しい瞳
大丈夫、何でも大丈夫
そう言ってくれる彼らと、この国で
ウエディングを施行したい
まさに、パラオ初のウエディングを
ご提案したのは、私 ナカタ ユキです
それからが、視察を繰り返し
島を渡り、数年かけて現在は、現地の
ベラウツアー様のご理解とご尽力のもとで
安全に快適にウエディングを施行をするまでとなりました。
情熱だけで開拓したパラオ
まだまだこれから、大いに関わらせて頂き
人生の半分をかけて行きたいと思っています
今日は、そんな中の一枚
最初に現地のトミー大統領をお訪ねした時の
スナップを公開致します