5兆円規模の7&iHD買収、日本が進めるM&A推進政策の試金石に

リード スティーブンソン、吉田昂

  • 政府方針で案件の「門前払い」難しく-7&iは書簡で非賛同伝える

  • 以前と環境激変、日本企業ならどこでも買収可能との認識拡大と識者

カナダのコンビニエンスストア大手、アリマンタシォン・クシュタールによるセブン&アイホールディングス(HD)買収提案はその可否に関わらず、日本により活発な合併・買収(M&A)の動きをもたらしそうだ。

  日本ではこれまで大規模な企業買収は非常に少なかった。長い間、保身で凝り固まった経営陣や株主間の利害関係により、経営状況を根本的に変えるような案件から守られてきたため、部外者には入り込めない領域と考えられてきたことが背景にある。

  そんな常識がここ数カ月で一変した。7&iHDは6日、提示された買収価格が不十分だとする旨の書簡をクシュタールに送ったと発表。株主などステークホルダーにとって最善の利益をもたらすいかなる提案にも真摯(しんし)に検討をする用意があるとした上で、提案は自社の本源的価値を十分に享受できず、法規制に関する具体的な懸念を払拭し得ないことなどを理由に賛同しかねるとの考えを示した。

  国内では他にも、米投資ファンドのKKRによる株式公開買い付け(TOB)で賛同していたソフトウェア開発会社の富士ソフトを巡り、ベインキャピタルがそれより5%程度高い買い付け価格を提案。KKRはTOBを当初の予定から早めて対抗するなど争奪戦の様相も呈している。

  「数年前には想像もできなかったようなことが起きている。全く違う環境だ」。スイスのユニオン・バンケール・プリヴェ(UBP)でコーポレートガバナンスの質に基づいて日本企業に投資しているズヘール・カーン氏は述べた。

7-Eleven Stores in Kobe

セブンーイレブンの店舗(8月30日、神戸市)

Photographer: Soichiro Koriyama/Bloomberg

  経済産業省が昨年8月に公表した「企業買収の行動指針」では買収などの提案は公平かつ透明性を持って検討され、事業価値の向上や非効率な経営の改善につながるかどうかを基に判断されるべきとしている。提案が具体的で正当性のある内容だった場合、企業は「真摯な検討」をするべきと促し、買収されたくないという経営陣の考えだけで拒否することは許されなくなっている。

  時価総額5兆円規模の7&iHDの案件は、投資家重視に転じた日本の姿勢が単なるリップサービスでないかどうかの重要な試金石とも見なされる。

全く違う環境

  買収に関する政府指針を作成した研究会の委員を務めた東京大学の田中亘教授は、「真摯な提案には真摯に対応しなければいけないと指針で明記したことから、門前払いのような対応はできなくなった」と解説する。

  政府は長年にわたるデフレや異次元緩和を経て、日本経済を活性化させようと腐心してきた。日本銀行が利上げに踏み切り、構造改革や働き方改革の必要性が高まる中で痛みや混乱を伴ってでも前進しなければならないとの認識が広がっており、海外からの投資の呼び込みはその一例だ。

  皮肉にも資本主義の本場である米国では対照的な現象が起きている。バイデン大統領は日本製鉄によるUSスチールの買収を阻止する準備を進めている。買収案を精査している対米外国投資委員会(CFIUS)は過去に安全保障上の理由で合併を阻止したことがある。

  アクティビスト(物言う株主)は長年、日本の閉鎖的な企業セクターへの参入を模索してきたが、成果はまちまちだ。昨年、KKRや英CVCキャピタル・パートナーズ、ブラックストーン・グループは、東芝の買収を断念。交渉にあたって評価額や政治的な思惑が逆風となって、結果的には国内コンソーシアムが勝利した。

コア業種

  7&iHDが外為法上の「コア業種」への指定を目指していることは、一部の国内企業にまだ保護主義的な傾向が残っていることの表れだろう。コア事業は原子力や航空機など特に重要な産業を守るカテゴリーで、海外の一般投資家が同事業に指定された企業の株式10%以上を取得する場合には事前の届け出と国の審査が必要になる。

  同社は、クーシュ・タールの買収提案が公表された後に申請書を提出したが、これは6月に各社に配布された財務省からの定例の問い合わせに対するものだった。

  UBPのカーン氏は、M&Aの環境を緩和し続けようとする政治的圧力があるため、政府が7&iHDを保護するために介入するのは現時点では難しいかもしれないとみている。

  カーン氏は店舗数などで7&iHDを下回るクシュタールによる買収提案は、企業買収では「会社の規模など関係ないのだというメッセージを大企業の経営陣に送った」とみている。「世界の競争相手は、日本の企業ならほぼどこでも買収を仕掛けられるということをますます認識するようになっている」。