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2024年01月29日19時20分 配信
調整安との見方を支持する金の内部要因環境、金融政策要因では売り込めない


<下げ一服も方向性が定まらず>

COMEX金先物相場は1オンス=2,000~2,040ドル水準で揉み合う展開になっている。年初からの利食い売り優勢の動きには一服感がみられる一方、改めて買いポジションを構築していくことには慎重ムードが強く、方向性を欠いている。2,000ドル台という過去最高値圏での取引は続いているが、まだ持高調整が一巡したといえるのか確信を持てない状況にあることが窺える。

【COMEX金先物相場(日足)】

年初からの金相場の軟化は、主に米金融政策評価に基づくものである。マーケットは2024年の利下げサイクル入りを織り込む過程において、初回利下げ時期を3月とする見方を強めていたが、米金融当局者からはその可能性を否定する発言が相次いでおり、利食い売りのニーズが強まった。CMEのFedWatchだと、まだ3月利下げの可能性を49.1%確率で織り込んでいる。金利据え置きも50.9%となっているが、3月利下げがないのであれば、まだ過熱感は残されている。その過熱感の全てを現時点で解消する必要はないが、まだ利下げサイクルの軌道を明確に描けていないため、米長期金利やドルと同様に金相場も方向性を欠いている。

前週は二つの重要な経済指標が発表されたが、金相場のトレンド形成を促すには至らなかった。強弱まちまちの評価になっている。

1月25日に発表された10~12月期国内総生産(GDP)は前期比年率3.3%増となった。前期の4.9%増からは減速しているが、市場予想2.0%増は大きく上回った。個人消費を中心に予想以上に景気が底固いことが示されている。あくまでも過去の統計だが、2024年のリセッション入りのリスクを低下させるものであり、少なくとも年前半の経済環境に対する信頼感は高まっていることはネガティブ。

一方、26日に発表された12月PCEコアデフレーターは、前年同月比2.9%上昇となり、前月の3.2%を大きく下回っている。22年9月には5.5%上昇に達していたが、23年8月の4%割れに続いて早くも3%を割り込んでいる。まだ米連邦準備制度理事会(FRB)の目標である2%は大きく上回っているが、6カ月の年率換算だと1.9%上昇であり、現在のディスインフレのトレンドを維持できれば、インフレ目標達成が十分に見通せる環境にあることはポジティブ。

ただし、金相場はこの二つの重要指標に対して明確な反応を示すことはなかった。3月に利下げ着手を急ぐ必要性は乏しいが、利上げ終了から利下げに向かう見通しが修正を迫られる環境にはない。調整売りを消化しながら、値固めを打診する局面が維持されている。

<GDPとPCEデフレーターを消化、そしてFOMCへ>

30~31日の米連邦公開市場委員会(FOMC)が次のイベントリスクになるが、最近の米金融当局者の発言を見ている限り、3月利下げ開始に向けて地ならしを進めるような動きは想定できない。仮に3月利下げが当局者のメインシナリオであれば、今会合で事実上の予告が行われるはずだが、その可能性は低い。

一方で、ディスインフレが想定以上に順調に進んでいることを考慮すれば、追加利上げの議論を行う余地は限られ、次の政策調整が利下げになることが従来以上に強く強調されよう。声明文レベルでも顕著な変化がみられる可能性がある。ただし、具体的に初回利下げがいつになるのか、年内にどの程度の利下げ幅を想定しているのかについてはデータ次第との基本スタンスが崩れることはないだろう。マーケットも漠然と5~6月に初回利下げが行われること、年内に2~4回程度の利下げを織り込む動きに留めよう。

また、今会合ではバランスシート圧縮の方針見直しにも踏み込む可能性がある。利上げ政策が終了して利下げに向かう局面にある中、バランスシート圧縮の縮小・停止の議論は前回12月会合でも協議が行われていたことが確認されている。この点について踏み込んだ情報提供が行われると、米金利低下からドル売り・金買い圧力が強まる可能性がある。

<調整安に留まることを示す内部要因環境>

米商品先物取引委員会(CFTC)の建玉報告によると、直近の1月23日終了週の大口投機筋のポジションは、買いが前週比2万1,260枚減の24万1,100枚、売りが同1万0,841枚減の7万1,626枚。買いと売り、ともに3週連続の減少になっている。

年初からの値下がり局面において、投機筋は改めて売りポジションを構築するような動きを見せておらず、逆に2,000ドル台前半ではショートカバー(買い戻し)を入れる動きを加速させている。大きく変動しているのは専ら買いポジション整理の動きであり、あくまでも上昇トレンドにおける調整局面とみている向きが多いことが窺える。

裏返すと、下げ一服後のショートカバーで急伸する可能性は低いが、買いポジションは昨年10月17日の週以来の低水準になっており、改めて買いポジションを構築する余地は拡大している。

<暴走する地政学リスクの受け皿>

米金融政策環境以外では、引き続き地政学リスクの下値サポートは続いている。現在の地政学リスクの中心は、イエメンの武装組織フーシ派が紅海で行っている船舶に対する攻撃である。

フーシ派は、イスラエルのガザ攻撃をやめさせる目的としている。この考え方が変わらないのであれば、イスラエルとハマスの間で停戦合意が実現するまで、船舶に対する攻撃が続けられることになる。

当初、米国は多国籍の枠組みでフーシ派の船舶攻撃を阻止する方針を示していたが、紅海全体を防衛することは不可能であり、1月11日以降はイエメンのフーシ派組織に対する直接攻撃も行っている。しかし、それによってフーシ派の活動が抑制されることはなく、逆に過激化の一途をたどっている。

1月26日には攻撃対象外のはずのロシア石油タンカーもミサイルを被弾しており、無差別攻撃に近い状況にあることが窺える。紅海はスエズ運河に接続しているため、この地域の海上交通が止まると、欧州と中東・アジア地区の物流に大きな混乱が生じることになる。

また、米軍とフーシ派の対立が激化していけば、フーシ派を支援するイランを巻き込んだ地域紛争に発展する可能性もある。現状では、イランはフーシ派の船舶攻撃に関与していないとしているが、フーシ派を支援していることは明らかであり、軍事紛争が拡大する火種を抱えた状態にある。全ての原因はイスラエル=ハマスの戦争が続いていることであり、これを早期に収束させない限りは、中東でどのような化学変化が起きるのか先読みが難しい状況が続くことになる。何ら原油供給障害が発生していないにもかかわらず原油相場が上昇し始めたことも、この問題の危機レベルが引き上げられているとの評価を反映している。

フーシ派に強い影響力を有するのはイランだが、現状ではイランはこの問題の仲介に動いていない。米国としてもイランに直接働きかけるチャンネルはなく、現在は中国にイランの説得を要請している段階に過ぎない。フーシ派の活動を抑制するためには、イランの仲介が必要であり、そのイランを動かすために中国に更なる仲介を要請せざるを得ない状況になっている。分断が進む世界にあっては、外交的手段で問題解決を促すことが極めて難しくなることを象徴する動きと言えよう。

そしてこうした地政学リスクがもたらす世界政治経済環境の不安定化は、ウクライナ=ロシアの戦争の長期化、台湾有事と朝鮮半島有事のリスクと、世界各地で同時多発的に発生し続けている。安全資産である金の重要性が高まり続ける時代を迎えている。