虎鶫(トラツグミ)のこと | ミキのつれづれ思うまま♪

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(上の写真は昨年3月、静岡県で会えたとらりん)

 

月30日の朝、席について同僚と話していたら、誰かの携帯がぶーぶー唸っている。

はて? 誰の携帯かな、さっきからずいぶん鳴っているようだけれど。

まさか自分のだとは思わずにパンを食べながらなおも話していると、今度はデスクの電話が鳴った。

「ミキさん? 僕、神田ですけど。あのね、小鳥がガラスにぶつかってお亡くなりになったの。いまそっちに向かっているから、受け入れ態勢を取ってもらえると」

え?もう向かっている? あたふたと残りのパンを口に押し込み、とりあえず手拭きの紙タオルとティッシュを数枚重ねて、ドアの外に出るが早いか、もう彼はそこまで歩いてきていた。

新聞紙を担架のようにして、運んできてくれたのを見て、「小鳥」というほど小さくはなさそうだと思った。

ああ、どうもありがとう、と、開けてみてびっくり。

「とらりん!!!」

私がこの冬、会いたくて、まだ会えていない、冬鳥の野鳥だった。ハトよりは一回り小さいが、ヒヨドリよりはふっくらしている。先週もこの子に会いたくて、目撃情報のある林をカメラ抱えて歩いたばかりだった。

とらりん……、なんで、こんなことに…….生きて会いたかったね……

貸して、と、手に取ってみると、まだ温かかった。

 

温かかったけれど、くちばしが折れている。出血はない。ふかふかの胸に鼻を近づけると、日向のような、いいにおいがした。

片目はつぶっているが、もう片方の目は、開いていた。目が乾かないうちに閉じようと、指でまぶたを合わせる。なんとか、そのまま保ってくれそうだった。

背中の羽をめくってみると、赤い爪痕、ひっかき傷があった。何かに掴まれたものらしい。そのあたりはごっそり羽が抜けて、いわゆる「鳥肌」が露出していた。

神田さんは一部始終を見ていたらしい。

「すごい音がしてね。建物入り口のガラスドアに激突したんだよ。その時、もう一羽、他の鳥が追っているようだった。ケケケッと特徴的な声で鳴いて、この子がドアに激突する間一髪手前のところでぐーーんっと上昇して、その鳥は行ってしまった。死を悲しんでいる声には聞こえなかったな」

「建物から、なんだなんだって人々が顔をのぞかせて、ハトか?って声も聞こえ、中には清掃の係の人に電話して、もうビニール袋を持ってきてくれた人までいたんだけど(それに入れられたら、もう<ゴミ>になっちゃうでしょう)、僕は、これはミキさんのところに運んだ方がいいと思って、新聞紙もらって、あっちに鳥に詳しい人がいるからって、みんなを制して、連れてきた。この子は、鳥を愛しているミキさんに葬ってもらうのが幸せだと思って」

 

話から、恐らくは猛禽に襲われて、食べられるところだったのだろうと思った。その辺りに、小さな猛禽のチョウゲンボウやツミがいるのは知っているけれど、トラツグミは大きめなので、彼らの手には余ると思った。すると、オオタカか?

オオタカに「がしっ」と捕まれたら、被捕食者である鳥は、大変なショックだろう。その中で、最後の抵抗を試みて、爪から逃れおおせた。そこまでは良かったのだけれど、勢いづいて飛んだ先にガラスのドアがあった。まず、せっかく逃げても、掴まれたショックや傷から、そのまま生き長らえたかどうかはわからない。でも、逃げたその先で激突死してしまった。そこにたまたま神田さんが居合わせていて、私のところに連れてきてくれたのは、悲しくも有難いけれど、猛禽にとっては、反撃されたらやられる危険と隣り合わせの、命賭けの狩りをして得た、大切な食料を失ったことになる。なんとなく、私は、死んでしまったとらりんにも、獲物を失った猛禽にも申し訳ない気持ちになった。命の連鎖としては、犬死にだ。私には埋葬してあげることしかできない。

 

ただ、もうひとつあって、実は私は羽屋の端くれだ。羽屋とは、羽が好きで集めている人のこと。私は下手の横好きで、自分で拾った羽や人から拾ってもらった羽を集めて、羽図鑑と照らし合わせ、これはどの鳥のどこの羽、なんてやって喜んで、愛でている程度だが、鳥の遺骸が落ちていて、その状態が良ければ、少し抜かせてもらうこともある。もちろん、私はただ「パーツとしての羽が好き」なだけの羽屋ではなく、もともと鳥を好きで自分もインコたちと共に暮らしているくらいなので、遺骸の尊厳を損ねるような抜き方はしない。あくまでも、控えめに、である。そして抜かせてもらった後は、大切に埋葬する。

羽屋なら、「翼標本」と言って、断翼してそのまま翼の一枚ごと保存する方法もあるけれど、私などには、とんでもない。初めてカワセミの翼標本を見て、手にした時、「美しい翼。でも、この翼の持ち主は、とうに死んでいる」と、ゾゾーッと立ちすくんでしまったものだった。でも、翼標本にしたい気持ちもわかる。それなら羽の並びが一目瞭然だし、中には抜きにくい羽もあるのだ。引っ張ればすぐに抜ける風切り羽、触っただけで抜けてしまうお腹の羽などもあるけれど、翼の一番外側付近の初列雨覆(しょれつあまおおい)と、小翼羽(しょうよくう)と呼ぶ小さな羽は、かなり力を込めても抜けなかった。それ以上やると骨格や肉を傷めそうだったので、私はあきらめた。

妙な言い方であるが、運ばれた時にまだ温かかったとらりんの遺骸は、超新鮮な遺骸であった。体重さえ測れたら職場の周囲でそのまま埋めてしまうつもりだったけれど、秤がなかった。それで、いったん家に連れて帰ってきた(140gだった)。

このあたり、ただの羽屋であれば、単に自分と遺骸との間の衛生にだけ気を付ければよいのだけれど、私には、二羽のインコが同居している。なにか、野鳥から病気や虫を移すようなことがあってはいけないと、細心の注意を払う。以前、同じく激突死して、超新鮮な遺骸を手元に一時保管した知人が、様々な虫が、宿主の死を察してわらわらと出てきたという話を聞いていたが、とらりんはそれほどひどいこともなく、ダニが数匹観察されただけで、きれいだった。季節によるのかもしれない。

今回の死因ははっきりしており、例えば道端に死んでいて「鳥インフルか!?」というような状況ではないので、とりあえずうちのインコたちとは別室で、暖房も入れずに、虫が出たらすぐわかるよう無地の大きな紙を広げ、その上にとらりんを置いて、体の構造、肉の付き方、翼や足などをよくよく観察させていただいた。いつも愛でている野鳥。普通なら、触れることなど、まずできない。悲しいけれど、感激だった。丁重に見せていただく。そして、いくらかの羽を抜いた。

 

我が家でインコたちと10年近く暮らしていて、換羽のたびに様々な羽が抜ける。中には真ったいらでペッタンコの羽もあり、これはどこの部分なのかなと、不思議だった。長く一緒にいても、わからない羽がいくつもある。それが、今回、とらりんをよくよく見せてもらったことで、納得できる発見がたくさんあった。生きている我が子たちは、私にこんな風に触らせてくれはしない。

 

欲しい羽を抜かせてもらい、心ゆくまで見せていただいた。一応、羽図鑑を見て、見落としはないか確認しようかなとも思ったけれど、今日はもう、ここまでの驚きや、死んでしまったとらりんに対する心の痛みや、遺骸を扱う緊張などで疲れてしまい、もういいや、充分だ、と思った。今日はお天気が良かったが、明日は昼から雪になるかも知れないと、天気予報が告げていた。雪になったら地面が濡れてしまう。その前に埋葬してあげたかった。

翌朝、一番で、先日私が植えた、マユミの木の根元に埋めた。

本当は野鳥たちが多くやってくる用水路の斜面に葬りたかったが、そこは落ち葉がいっぱいで、掘ってもどこからが土なのか心もとなかったし、また、たくさんの植物の根で地面が硬く、シャベルが入らなかった。困って探してみたけれど、他に地面の土の柔らかそうなところがなかった。

とらりんを埋めたら、ほっとした。

生きている姿で会いたかったけど、とらりん、それでも会えてよかった。ありがとう。

 

その晩帰宅して、落ち着いた気持ちで羽図鑑を開いた。

と、そこに、一つの翼に一枚しかない羽のことが載っていた。

手根骨羽 (しゅこんこつう)。初列雨覆と大雨覆の間にある、わかりにくい羽。翼を普段閉じた状態では、見えない。

しまった。 とらりんはもう埋めてしまった。

やっぱり昨晩、とらりんが家にいる間に図鑑を開いて見てみればよかった。

後悔先に立たず。 その夜は、眠りにつくまで「手根骨羽」のことが頭から離れなかった。

どうしようかと思うくらい、気になってしょうがなかった。

ロロと麦を順番に捕まえて翼を開いてみては、「これかな?」と探してみたりした。

二羽はその夜、怒って私のそばに近寄らなかった。

 

どれだけ手根骨羽に執着してしまうかと思ったけれど、翌朝目覚めたら、機嫌のいい太陽の光に記憶も洗われたのか、あまり気にならなくなっていた。

とらりんは、私に、すでに充分過ぎるほどのプレゼントをしてくれた。

これ以上、何を望むだろう。とらりんには、安らかに、穏やかに眠って欲しかった。

とらりん、これまで、何年も生きてきたんだね。きれいな、ふっくらとした、可愛い子だった。とらりんは、私のあこがれ。 死んでしまったのは残念だったけれど、私のところに来てくれて、本当に、ありがとう。連れてきてくれた神田さんにも、心から、ありがとう。神田さんがこの一件に行き合っていなければ、とらりんと私を結び付けてくれるご縁はなかった。

 

今度は生きて、元気な姿で会いましょうね。