空いてる電車の中。
行き届いてる冷房が、寒いくらいに効いてる。
凛音の部屋を出たあと、ぶらぶらと歩く道端には、夏空の憂鬱…みたいなものが残っている。
どこか現実感のないまま、ふらふらと歩く私は、世間の目から見たらどう見えていたのか。
そんな、思ってもないそんなことを、グルグルと思い巡らして見たりして。
ポケットの中でスマホが揺れる。
それはさっきからのことで。
それが凛音からの連絡なのかどうかなのかさえ、怖くて確かめる事すら出来ない。
そんなのさっさと…それの画面を目の前にかざして、そこに現れる字面を眺めれば速攻わかることだっていうのに。
それを私は、することが出来ない。
私は……
凛音との関係を、このまま終わらせたいのか…
それとも、千切れそうになりながらも少しだけでも繋げていきたいのか…
それもよくわからない。
凛音のことは…
気に入らなかった訳じゃない。
それならこんなに…
拘る必要なんて無いし、こんなに考えることだって……
『あ…もしもし…?』
気が付いたら、通話のボタンを押していた。
途端に零れ落ちていく、凛音の声の粒……。
「…ど、どうしたの……?」
それに反して、どこか空疎に響く、自分の声に驚きを隠せなくて。
こんなはずじゃ…
これじゃ、私は…
そんな後悔に近い感情があふれ出す。
『どうしたの…って…』
電車の中は静まり返っていて。
私の声は、必要以上にそこに響き渡るはず。
それを考えたら…
どこか、世間体っていうものを、骨の髄まで刷り込まれた私の背中に、どうにも気持ち悪い、虫唾が走るみたいな感覚がズルズルと這いずりあがっていく。
「…ごめん。 今、電車の中なんだ。」
『あ、ああ…。 …だよな。 けど、やっぱ俺……』
「あとでもいい?」
『…え?』
「……かけなおすからさ。 今、話せる状態じゃないから。」
『…あ、ああ。 そうだよな。 そうなんだろうけど……』
「じゃ、またあとで。」
『…えっ!? ち、ちょっと、コウ…』
凛音の、私の名を呼び掛けた声を途中でぶった切って、私は電話のマークを容赦なく指で押した。
そこにあるのかないのかはっきりしない、そんな”他人の目”を勝手に感じて、右手で左腕を上下に擦る。
バッグの中に押し込めたスマホから、凛音の気配が滲み出てくるのを勝手に感じてた。
このまま……
ズルズル、今までにも辿ってきた、行きずりだけの関係を築くには、凛音は危険すぎる気がしていた。
それは、凛音がどうっていうのとは違っていて。
凛音にまんまと嵌ってしまう自分の姿が、瞼の中で鮮明に浮かび上がってしまうのだ。
嵌ったら抜けられない。
そんな底なし沼に自ら身を投じるほど、私はもう若くない。
どうしてなんだろう。
どうしてこんなに、上手くいかないんだろう。
妹はあんなに、流れるように、自分の好きなように生きているのに。
私と和美と、何がそんなに違うというんだろう。
電車は、カタタンと軽い音を立てながらいつも通りの線路の上を、いつも通りに走って行く。
窓の外を流れる風景もいつも通り。
いつもと違うのは……
私の中にそっと滑り込んだ『凛音』という異物だけだった。