PAKでは今、街なかにヤギや牛の即席市(いち)が多く見られる。
来週迎えるセカンドイード(正月のようなもの)に向けて各家に買われて行く。
イスラム預言者の話に沿って、動物の首を切り、神に捧げるとのこと。
本来であれば、自分が大切に1年間かけて育てた動物を捧げるものらしいが、
合理化?が進み、2~3日でも家に住まわせればそれでも良くなっているみたい。
郊外の家では、実際に1年かけて成長させた動物(たいていはヤギ)を時には
涙を流しながら首を切るのだそう。
ヤギの場合は、たいてい、家の主が首を切るが、牛や場合によってはラクダ等
大型の動物は危険が伴うため、専門の業者がその役割を担うらしい。
その後速やかにさばかれ、肉は親戚や近所に配られる。
現地人いわく、“一気に神経を切断するから、苦しみは与えない”とのことだが、
一度、ヤギの最期を半強制的に見せられたところ、引き倒されるときの鳴き声、
首を切られたあとの痙攣をみると、とてもそうは思えなかった。
だが、きっとこれを残酷というのはちょっと短絡的なのだろう。
文化、宗教というのは奥が深いのだ。
『ザ・コーヴ』が上映された際、その内容(表現)が話題になったことがあった。
映画は見ていないが、その残虐性が問題(テーマ)だったようだ。
以前聞いた話だと、イルカ漁はイルカの特性と漁の性質から入り江に追い込み、
臭みを残さないようにその場で血抜きをするため、一帯が文字通り“血の海”に
なるらしい。
それにイルカの愛らしさ、賢さが相まって残酷ということになるようだ。
とはいえ、我が故郷では普通にイルカが食卓に上る。
スーパーでもパッキングされ陳列棚に並んでいる。
冬場がその時期となるのだが、ゴボウやコンニャクと一緒に煮て食する。
妻には残酷だと言われるが、子供の頃からのいわば“おふくろの味”であり、
本当に旨く、好物である。
正直、その漁について云々言われても口にするのをやめようとは思わない。
牛や豚、鶏ではダメなのかと聞かれそうだが、やはりイルカはイルカなのだ。
一部の地域では、イルカや(今はできないが)クジラ漁は商業的なものだけ
ではなく、宗教的な意味合いをもつとも聞く。
批判するのは自由だが、やはり、文化や宗教等に関しては多角的な見方が
必要だと思う。