記事内容
●歴史・地理的背景で多民族国家
●オランはマレー語で(~人)という意味
●ブミプトラはマレー語で(土地の人)という意味
●2021の国勢調査結果による民族割合
●オラン・マラユ
マレーシアでのマレー人の定義
言語
宗教はイスラム教で、最大の行事はラマダンとハリラヤ
半島部、マレー諸島のイスラム化の先鞭切ったのはアチェ王国
●オラン・インディア
グジャラート州とマラバール地域からのインド人が主
19世紀のイギリス統治時代に多数のインド系移民が入植
最大の行事はディパバリとタイプーサム
●オラン・チャイナ
2~6世紀頃から中国やインドと仏教での交流
チャイニーズといっても様々
●ブミプトラ・サバ
サバは風下の町と呼ばれ、ボルネオ島の北に位置
カダサン・ドゥスン(Kadazan Dusun)族
バジャウ族
ムラット族
●ブミプトラ・サラワク
熱帯雨林に覆われたサラワク州はマレーシア最大の州
イバン族
ビダユ族
オラン・ウル族
プナン族
●Mr DIYの支店マネージャーが人種差別発言・・2022-4-8
マは歴史的に多民族国家なので他民族に寛容と俺は思ってる(が)
国や企業は民族融和にかなり気を遣ってる
Mr DIYの支店マネージャーの発言らしい
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歴史・地理的背景で多民族国家
昔から港湾貿易盛んだった背景で民族流入激しかった
オランはマレー語で(~人)という意味
私は日本人ですと言う場合は(サヤ・オラン・ジュプン)
ブミプトラはマレー語で(土地の人)という意味
よく聞くのがブミプトラ政策だが
ミュージアム・ネガラ、ミュージアム・テキスタイル
オラン・アスリ博物館、民族資料博物館
クラフト・センター等々
ブミプトラという名称がつくのはサバ州とサラワク州関連のみ
民族、文化的観点からは(政治的意図は除外)
半島部ではブミプトラという名称は使われてない
2021の国勢調査結果による民族割合
マレー69,7%、中華系22,9%、インド系6,6%、その他0,8%
オラン・マラユ
マレーシアでのマレー人の定義
ムスリム、マレー語、マレーの習慣で生活の3要素
具体的には半島部は勿論ジャワ、スマトラ、ラワ、ブギス
ミナンカバウ等の周辺諸島居住民族グループを指すが
各々の習慣や文化は微妙に相違
ブミプトラ・サバ、ブミプトラ・サラワクと
半島部と区別して呼称される原因は上記の定義と微妙に異なるから
言語
●紀元前644に中国人船乗りのアイ・チンが書いた記録によると
古代の統治者にマレー語を作るように提案したという
それまで使われていたマラユ語は
スマトラのマラユ川沿いで使われてたマラユ語が起源で
一つの語で複数の意味を持つ為に解り難かったらしい
今でもマレー語の単語は複数の意味を持っていて
前後の文脈から推測しなければならないところ等は
マラユ語の名残が残っている
●例えばアバン(abang)は男性に呼びかける時に使うが
恋人や旦那、自分の兄、屋台のお兄ちゃんに呼びかける時
サヤン(sayang)は主に女性に呼びかける時に使うが
貴方、愛してる、残念等の意味があって、わけが解らん!
宗教はイスラム教で、最大の行事はラマダンとハリラヤ
イスラム教に改宗したのは、15世紀のマラッカ王朝時代で
中近東のイスラム諸国との貿易上の理由に拠るもので
それまではヒンズー教やアメニズムの影響が濃厚
要するに宗教心で改宗ではなく貿易に有利=金儲け優先 爆
半島部、マレー諸島のイスラム化の先鞭切ったのはアチェ王国
その関係もあってか、ミュージアム・ネガラの屋外展示には
アチェ王国時代の墓石展示
オラン・インディア
インドとマレー半島との関わりは古代スパイス貿易まで遡る
グジャラート州とマラバール地域からのインド人が主
古代マレー半島の王朝に多大な影響を与え
貿易上の理由からイスラム化する15世紀まで続いたが
ケダ州、プルリス州、クランタン州の影絵(ワヤン・クリ)が
ヒンズーのラーマヤーナ叙事詩が題材なのは意外だが
そのような背景を考えると納得出来る
19世紀のイギリス統治時代に多数のインド系移民が入植
主にコーヒー、砂糖、ゴム等のプランテーション従事だが
このような状況は1957のマレーシア独立迄続いた
インド系が多いのはペラ州とスランゴール州で
大半がヒンズー教だが、シーク教、ムスリム・ヒンズー教
キリスト教も混在
最大の行事はディパバリとタイプーサム
額の印(ビンディ)は黒・赤・白の三色で
黒=未婚女性 赤=既婚女性 白=未亡人
オラン・チャイナ
2~6世紀頃から中国やインドと仏教での交流
その後15世紀以降のマレー半島部でのスルタン統治の時代には
貿易面での交流が促進され
その子孫が現在よく知られてるマラッカのババ・ニョニャ
チャイニーズといっても様々
客家チャイニーズは流通・商業
広東チャイニーズは美術・工芸
福建チャイニーズは金・宝石取引
Teo Chew Chinese(潮州)=華僑は小売業
海南チャイニーズは金融、海運、薬剤、建設業
旧正月 https://bit.ly/3GQIOIu
ブミプトラ・サバ(Sabah)
サバは風下の町と呼ばれ、ボルネオ島の北に位置
サラワク、カリマンタンと接している
マレーシア工芸展 https://bit.ly/45ZNV4g
カダサン・ドゥスン(Kadazan Dusun)族
●サバ州内土着民族の30%占める最大部族
主に西海岸の丘陵地帯に居住し、農業と狩猟が生業だったが
最近は近代経済産業に従事するものも多い
●尤も重要な御祭りは
毎年5月のペスタ・カマタン(Harvest Festival)収穫祭で
サバ州各地の村々で行われるが
5月30~31にはサバ州全体の収穫祭が
コタ・キナバルの隣町のピナンパンで開催
●伝統衣装は黒地に金模様で地域により微妙に相違だが
腰に巻くコイン・ベルトは
1本が未亡人や年配の女性、2本が既婚者、3本が独身女性
大多数がキリスト教だが、少数だがムスリムも存在する
生活様式、文化はアメニズムの色合いが濃い
バジャウ族
●先祖は約200年前にフィリピン南部から渡ってきたが
州内土着民族の10%占める第2グループで殆どムスリム
●バジャウ族は2グループで
各々は海のバジャウ族、陸のバジャウ族と呼ばれており
海のバジャウ族は漁業を生業とし水上生活をおくる形態が多く
陸のバジャウ族は農業と水牛の飼育を主とする為
ボルネオのカウボーイとも呼ばれる
ムラット族
●州内土着民族の10%占める第3グループ
主に西海岸地方の奥地に広く居住の為高原の民と呼ばれる
●森林地帯で原始的な狩猟しながらの移動生活だったが
サバ州独立後から州政府の定住政策によって
現在は農業に従事する人口が増えている
宗教は大多数がカトリック教徒だが
プロテスタントやムスリムも少数おり
近代化以前に何千年も崇拝されていた精霊信仰である
アニミズムを奉じる人もまだ多い
ブミプトラ・サラワク(Sarawak)
未だに、河川での船の往来が公共交通を担っている
土着部族は27部族で45言語と言われており
イバン、ビダユ、メラナウ、オラン・ウル族等が代表的な部族
イバン族
最大部族のイバン族のイバンは放浪者を意味し
嘗ては首狩族として有名だったが今ではその習慣はない
川沿いで生活し、ロング・ボートと呼ばれる船の製作に長けており
ロング・ハウスと呼ばれる長屋式の建物に居住
ビダユ族
州内第2部族のビダユ族は温厚でもてなしのよい民族
他民族の攻撃を避ける為に
特にクチン近郊の山奥に強固なロング・ハウスを建てて生活
バルッと呼ばれる円形家屋もビダユ族の特徴
オラン・ウル族
州内第3部族のオラン・ウル族は
上流の民を意味しビーズ刺繍等の伝統工芸や
サペと呼ばれるマンドリンのような弦楽器による美しい音楽等
サラワクでもっとも芸術的な民族とされている
年配の女性の手足に施された刺青は勇気と美しさの象徴
プナン族
ボルネオのアボリジニとも言われるプナン族は
サラワク州最後の遊牧民族と言われる
狩猟生活スタイル保ち、ジャングル奥深くに仮の小屋を建て
吹き矢で猪や鹿を捕らえ、サゴを主食として遊牧生活
丈夫で精巧なラタン・バスケットや
敷物等の工芸品製作に優れている
Mr DIYの支店マネージャーが人種差別発言・・2022-4-8
マは歴史的に多民族国家なので他民族に寛容と俺は思ってる(が)
ただし本音はやはり程度の差こそあれ無いとは言い切れん
ローカル友人と話してるとポロッと差別発言出ることある
基本的なランク付けはマレー、チャイニーズ、インド系なのは
人口の関係からも仕方ない?
基本的にインド系は悪く言われるケース多いと俺は感じてる
国や企業は民族融和にかなり気を遣ってる
首相は各民族の祝い事には必ず出席
企業も宣伝等々で全民族のスタッフの写真を掲載する等
かなり気遣いしてるのは感じる
Mr DIYの支店マネージャーの発言らしい
職探しに来たインド系女性に人種差別発言というので
SNSでバズって会社側は当人に謝罪し声明発表したらしいが
このマネージャーもよほど虫の居所悪かったのか?
騒ぎになるの明白なんだけどね~ https://bit.ly/35WiFc1