妻と、
大きな喧嘩
をしたことがあります。
まだ子どもたちが小さかった頃です。
きっかけは、
本当に些細なことでした。
何を言ったのか、
正直、もう覚えていません。
僕が何かを言って、
妻が少し強い口調で返してきた。
僕も、
その言い方に腹が立って、
言い返しました。
いつもなら、
妻が「もういい」と言って終わることが多かったと思います。
でも、
その日は違いました。
「ナオキはいいよね。」
妻が言いました。
「何が?」
そう聞き返した僕に、
妻は一気に話し始めました。
「だって仕事に行けるじゃん。」
僕は、
その言葉に少しムッとしました。
遊びに行っているわけじゃない。
家族のために働いている。
だから、
「仕事だって大変なんだよ。」
そう返しました。
すると妻が、
「分かってるよ。」
と言いました。
「仕事が大変なのは分かってる。」
少し間を置いて、
「でも、私はどこに行けばいいの?」
と言いました。
僕は、
何も答えられませんでした。
「朝起きたら、ご飯作って。」
「食べさせたら片付けて。」
「洗濯したら、また次の洗濯物が出て。」
妻は、
止まりませんでした。
「休みの日だって、子どもは休みじゃないじゃん。」
「朝から起きるし。」
「家にいたら騒ぐから、公園とか連れて行って。」
「帰ってきたらお昼ご飯で。」
「食べたらまた片付けて。」
「お風呂入れて。」
「寝かせて。」
「寝たと思ったら、次の日の準備して。」
僕は、
黙って聞いていました。
「洗濯だってさ。」
妻は言いました。
「毎日やっても、毎日出るんだよ。」
「今日全部終わらせても、明日になったらまたあるの。」
「ご飯だってそう。」
「今日作っても、明日になったらまた作るの。」
そのとき、
妻の声が少し震えていました。
「終わらないんだよ。」
その言葉だけ、
今でもよく覚えています。
僕は、
「だったら、たまにはやらなくてもいいじゃん。」
と言いました。
妻は、
すぐに言い返しました。
「じゃあ誰がやるの?」
「一日やらなかったら、その分明日に残るだけじゃん。」
そして、
「私がやらないと、家が回らないでしょ?」
と言いました。
僕は、
何も言えませんでした。
妻は泣いていました。
あんなふうに、
一気にいろんなことを言う妻を、
僕はほとんど見たことがありませんでした。
僕も腹が立っていたはずなのに、
途中から、
何を言い返したらいいのか分からなくなっていました。
その日は、
そのまま寝ました。
次の日の朝。
キッチンへ行くと、
妻はもう起きていました。
朝ごはんを作っていました。
洗濯機も回っていました。
子どもたちの水筒も、
いつもの場所に並んでいました。
僕を見ると、
妻は少し気まずそうな顔をしました。
そして、
「昨日はごめんね。」
と言いました。
僕も、
「いや、俺もごめん。」
と答えました。
それで、
昨日の喧嘩の話は終わりました。
妻は子どもたちを起こして、
朝ごはんを食べさせて。
食器を片付けて。
洗濯物を干して。
着替えさせて。
また、
いつもの一日を始めました。
昨日あれだけ、
「終わらないんだよ。」
と言っていたのに。
次の日には、
妻はまた、
その終わらないものを、
ひとつずつ片付けていました。
あの日妻が抑えきれなかったのは怒りじゃなくて、
何か別のものだった気がしています。
▶︎妻が抱えていたモノとは