脳卒中集中治療室で、3時間おきの2種類の点滴は、3日間で終了したが、まだ、上からぶら下げる点滴はしていたように思う。
リハビリスタッフの言葉を聞いて、私は夜に涙を流すことはなくなった。
泣いてる場合じゃない。自分の未来は自分で作るしかない。
テレビドラマやアニメでは、この場面から、主人公がスーパーマンのごとく努力をし、困難に出会っても不死鳥のごとく立ち上がり、そして明るくハッピーエンドなのだろうが、現実は当然ながら、そんなことは起こらない。
窓の外はどんより曇る冬の空、あまりにも寒く、病院前の広場には、人っ子一人いない。気が滅入る風景だ。
「お茶碗を持ちたい」
ささやかな目標を叶えたい、その気持ちは変わらない。
だけど、この三角巾に覆われ、だらんとした左手を見ると、明るい気持ちにはなれなかった。
頑張らなければ…と思う気持ちと、無理なんじゃないかと諦めの気持ちが複雑に交差するようになった。自分で自分を追い込んでいた。
脳卒中集中治療室には、1週間以上いたように思う。その頃だろうか、もしくは一般病棟に移ってからだったかもしれない。
リハビリ室でのリハビリが始まった。
リハビリ室は、別棟の非常に広いところだった。
モニターが囲う狭い空間から、広い空間に出た反動か、私は自分を抑えられなかった。
「私は現状を受け入れられないのよ!」
大声で叫んでしまった。自分でも驚いた。
しかし、本音だった。
担当の理学療法士は驚きながらも、黙って何も言わず、車いすの後ろで、私の感情が収まるまでじっと待っていた。
何も言わないでいてくれることがありがたかった。
脳卒中集中治療室での私は、どこか物わかりのよい明るい患者を演じていた。
見知らぬ土地、よくは知らない病院…
集中治療室は、生きるか死ぬか、そんな緊張感が漂う場所だ。
不安で孤独、多量の点滴による心身の疲弊。しかし、それを言うのも憚られる。集中治療室はそんな場所だ。
「血圧測りましょうか」
リハビリを始める前、必ず血圧を測る。
脳梗塞の初期はあえて血圧を下げない。 その頃の 私の血圧はかなり高く、200を越えることも多々あった。だから、慎重にリハビリを進める必要がある。
理学療法士は、私の感情には触れず、淡々と進めてくれた。
それがありがたかった。
冷静になれた。
そのリハビリから、冗談を言えるようになった。
支えてくれる人がいる。
その安心感。
私はあまりプライベートなことは訊かないようにしているが、そのリハビリスタッフは、22才の新卒だと言う。
その年齢にしては、落ち着いた、品のいい男の子だった。
リハビリ一つで何を大げさなと思う人がいるかもしれない。
自分の残りの人生、20年から30年を後遺症を抱えて生きるか否か、自分の頑張り一つで決まる。それも6カ月以内に結果を出さなければならない。だらだらやっていたら間に合わない。
そして、私はお一人様だ。夫も子供もいない。誰にも頼れない。
そのプレッシャーはかなりのものだ。
多量の点滴も終わり、一般病棟に移ることになる。