この文章がアップされる12月31日未明、ちょうど23年前の今頃、かの世田谷一家殺害事件の最中であった。直接的な犯行を終えた後に犯人が、被害者宅冷蔵庫から調達したアイスクリームでも食していた頃だろうか。
川は流れる。河川を使った水運などNHKのドラマ以外に大河のない日本では過去の時代のものとなったのに、川は人を引き寄せ、運んでくる。交通不便な「こんなところに!?」と云う場所に人を運んで引き寄せる。川は格好の目印となり、絶好の交通手段となる…多くの川沿いにサイクリングロードが整備されている。
境町一家殺傷事件はまさに、その面目躍如的出来事であった。あの容疑者が犯人であるならば、茨城の公共交通空白地帯の田舎の一角に、凡そ不釣り合いな遠方…東京寄りの埼玉に居住していた犯人をいざなったのはまさに、その機能を遺憾なく発揮した川であった。
そして世田谷一家殺害事件も恐らくは、そうなのである。東京23区内にしてはぽっかりと穴が開いたかのような駅と駅との間、交通不便な場所に犯人をいざなったのも、仙川と云う川の存在にあった。被害者宅はこの仙川のすぐそばに位置している。標的は、川と何かが加わって生まれる。境町は川と大きな釣り堀であった。世田谷の場合は、川と大きな公園と云うことになろうか。尤も境町の場合、犯人と被害者宅との間に面識は全くないことになろうが、世田谷については面識のあった可能性がかなり高いように思われる。
本件は年末それも大晦日に掛けての時間帯に発生していることが、非常に解明を難しくさせている面がある。まず、20歳前後の男である犯人は親と同居している。いんげんの胡麻和えを食べていること、ハンカチにアイロンを掛けていることが大きなその証左となる。それから遺留品の多さ、である。返り血を大量に浴びた衣服を家に持ち帰ったならば当然、親から問い質されることになる。親の目を盗んでの処分も難しかろう。それならばいっそ現場に置いていった方が良いのだと云うことになる。ただ、年末年始だから親元に居て普段は一人暮らしと云う線もなくはない。
いんげんの胡麻和えのことが分かったのは、トイレで用を足したのに水を流すことなく放置していたせいである。これも中々興味深い行動だ。海外にはそのままにして水を流さない文化もあるのだと聞くが、幾ら犯人に海外の血が流れているとは云えども、日本在住が比較的長そうな雰囲気からして、それはなかろうと思うものである。用を足した時間によって「思惑」は変わってくることとなろう。殺害から余り時間が経っていない辺りであれば、高揚感・征服感に支配されているから、水を流さないと云う行動もまたその象徴的なものとなる。もう、何でもやりたい放題、この家の主は俺様なんだ！と云うわけである。ところがこれが殺害時間からかなり離れて3時とか4時とか、或いは8時・9時位になれば、その性格はだいぶ変わってくるのだ。熱から覚めて(冷めて)くるからである。自分のしでかしたことの大きさに怖さと云うものを覚えるに至るのだ。そうすると水を流さなかった理由は、自分の存在感を消す為である。別に被害者宅は空き家でも留守でもなかった。犯行時には大きな音も出している(ただしその音は隣家には漏れていなかった)。隣家にトイレの水を流す音が漏れても全く構わないのである。しかし自分が今ここにいると云うことを犯人は知らせたくなかった。自分が今ここにいること、そして家人を皆殺しにしたことがバレたくはなかったのである。犯人には自分の存在を消す静かな時空が必要だった。
本件の特徴となっている遺留品の多さについても他に様々な推察が成り立つ。まずは犯人の滞在時間。2回目のPC操作が誤作動ではなく翌朝10時まで滞在していたのであれば、隣人の突然の来訪に慌ててと云う線も大いにあり得る。それから逃走時刻のことも絡んでくる。この犯人、職質を警戒している。職質に遭って、この遺留品を持っていたらどうなる？と云うことである。それ以前に手の怪我のこともあるから、職質は絶対に避けたいと云うのが犯人の第一希望と云うことになるわけである。そうすると未明の内の逃走は避けるかなと云うところがある。私は元々、犯人が成城学園前まで小田急を使ったと考えているから、電車が動く時間になるまでは被害者宅に居座っていただろうと見るが、職質対策もあったと考えている。電車が動く時間になれば歩いていても、或いは自転車に乗っていても、道路空間に人が存在することは普通の出来事になるからだ。道路空間に存在すると云うだけで、警官から目を付けられることはない。年末年始の警戒が強い時期だからこそ、未明は避けて早朝はおろか、あと少しで昼前になるような時間に逃走した線すら考えられる。そして年末の大掃除をしている時期であることが、2階風呂場から網戸を外して堂々と逃走することを可能とした。それを目撃されたところで大掃除中なのねと思われて、奇異な光景に映らないからである。