長い夢の中 | パーシャのピカンピカン

パーシャのピカンピカン

ひびの くうはくの りんかく

 

 

 

 

あ元気だった? うっかり死んだりしてないかな? 

 

良かったよ君がこれを読んでる時点でもう本当に良かった。生きてる生きてる。


俺だって生きてるし、結局まだ納得いってませんよ、おしっこした後になぜ手を洗わなきゃいけないのかってことがわからずじまいですわ。やーっぱりな! どうせ何年だってもわからないだろうと思った! 

 

え何の話かってつまりほら俺のチ〇コはすげえキレイなのにって話だよ洗うならむしろおしっこする前だよねだってきれいなチ〇コにばっちい手で触るんだから、って話。この件いつまで考えればいいのかな。もう勘弁してくれないかな。俺たぶん絶命直前。震える手で。親族を招き寄せ。耳元でこの疑問をささやき。それから死ぬけどいいのかな。

まあいいや。そんなピカピカのチ〇コをブラブラさせながら一人、香港にぶらり行ってきたんだ。

ちょっと待ってその前にチ〇コで思い出した、小便器が二つしかない公衆トイレで誰かがすでにおしっこ始めてる場合、終わるまでさりげなく外で待ってしまうの俺だけなのかな。だってあんな狭い空間で知らんおっさんと二人きりになってチ〇コ放り出すの無理だろ実際。黙りこくって。何の会だよ。

待ってもういっこ思い出した。いい加減さあ男なら小便してるところを後ろから見られても構わない、っていう態度やめてくれよ社会全体。公衆トイレどころか新幹線ですらあるじゃん、小便器専用の個室でさ、後ろ姿が廊下から丸見えなの。使用中ってすぐわかるからなんだろうけど、なんで男は「いまおしっこだしてます、素手でチ〇コつかんでます」って状態の背中を見られてもいいことになってんだよ。やだよ俺。隠れてやりたいよ。極秘にさせてくれよチ〇コつかんでる時くらい。つかんでるんだよ? まじで。

そういうわけで香港国際空港に着いて、飛行機を降り、空港からウーバーに乗ってホテルに向かったんだ。そしてホテルの前に到着して車を降りた瞬間、目の前の道でアジアンの男と白人の男が抱き合っていた。

白人の男は両手で顔を抱えて泣いていた。それで俺もう「いきなりなんだよ」って思って。いきなりっつーか・・・向こうはその場所で小一時間も前からそんなにも切なくって悲しくっていてもたってもいられないようなラブストーリーを繰り広げてたんだろうけど、俺ははるばる日本から来てさあ、車から降りたらすぐ目の前でそんな、ちょっと、、えあ? あー白人の方がフラレてる最中で? でもってアジアンの? スラッとした短髪短パンのあーたが?「ねえわかるだろう? 僕だって胸が張り裂けるほど悲しいさ、でも仕方がないんだ」とか言って眉を寄せちゃっちゃっちゃって、優しくそっと肩を抱きよせてるわけなんだよね?「だって君の他に好きな人ができてしまったんだ。もうどうにもならないんだ」。

「そんなのってあるか。ありえないよ。ずっと一緒って誓ったじゃないか」

「でも僕は、僕の心に誠実でいるしかない。君との日々を汚さないためにも、僕は自分に嘘をつくことはできない。わかるだろう」

とか言ってるんだろうどうせ? いいよ別に。続けちゃいな。

俺はなかなかホテルに入る気になれずに道端でしばらくその二人を見ていた。二人は別に見られたくないんだろうけどさ、
ていうかそもそもその二人は、二人以外の人々が世界に存在してるってことすら忘れちまってる

それでなんか急に俺も「ギャーすごいな!」って気分が盛り上がって、ちょっと泣きそうにすらなって。
あのフラれてるホワイトマンからしたらハァ?俺いま地獄なんだけど? って感じだろうけど俺はその二人の奔放なロマンチックさに感動してしまって、なんつーのか心の底から素晴らしいなって他人の恋愛って、って思ったんだ。悲恋も含めてだよ。それで俺、道の反対側からじっと見つめてた。美術館とかでもいるじゃんずっと一枚のビュリホーな絵の前で動かない人。不自然なくらい長く凝視してる人、あんなのより断然強烈なんだぜだってそもそも絵じゃないし。もちろん映像でもない。本当の出来事だし。超リアル。ディテールとかもすごいんだ。立体感えげつないし。勝手に動くし。 

それでとにかく、せっかくそんなにロマンチックなんだから俺がしっかり見ていてやるぞ任せとけ! って張り切りはじめたんだ俺。本人たちには自分たちのこと以外何も見えてなくて完全に盲目状態だから、俺がしっかり見て、ロマンチックだなー!って感じててやらないと! 

なんていうのかつまり香り高いっつーか、その芳醇な薫りをだね、俺がしっかりと認識しておかないとだね、なんのためにそんなにロマンチックなわけよ? って思って。香水みたくたちのぼって空に消えてくだけなのに、当事者たちさえ気づいてないから、だれかが気づいてその存在を確定しておかないともったいなくないか、コンテンツが。

コンテンツ?

しばらく経って、二人は別々の道を歩み始めたのだった。長身の半パンの白人男はキチャナイ露店が並ぶ暗い通りへ、痩せた赤パンのアジアン男は坂を登ってハリウッドロードの方に消えていった。これにて終幕ということで俺はがっくりうなだれてトボトボ歩いてホテルにチェックイン、デカいベッドに転がって天井を眺めながらしばらく考えた。

「ロマンスいとおかし」

ロマンチックな場面というのはもうそれ自体が華やいでいる。悲しい場面だってキラキラしてる。本人目線じゃなくて他人から見た場合の話だよ。だから鑑賞しないともったいないと思ったし、証人にならないといけないと思ったんだ。本人たちはそのロマンスがロマンチックだということに気づいてもいない。気絶したみたいに夢中になっていて、時間の流れも感じてない。

だけどまあ、考えてみたらさ、俺自身はそんな時間は過ごしていない。多分ね。俺が過ごしているほとんどの時間はもっと全然中途半端なんだ。

雨が降ったら、顔を空に向けて、濡れながら「ああ気持ちいなあ」と思ったり、
くりかえす波の音を聞いて「いい音だなあ」と思ったりしているだけだ。それが俺の日々だ。無我夢中とは程遠い。ロマンスもキラキラもなし。

でもつくづく何度も「うんうん」って思うんだ本当に、キレイなチ〇コと手洗いについての悩みと同じくらい何度も思いながら生きてきた。心が勝手に思うんだ。
一番思うのは、気持ちがいい風が吹いた時なんだ。
「風が気持ちいいなあ」って。
そして必ず、ちょっとだけ思うんだ。
 

「こうやって、風が気持ちいいな、っていう、この不思議な感じをもしいつか誰かとわかち合えたら、それが一番の幸福なんじゃないかな?」

 

っていう感じのことを。なんとなくそんな感じのことだよ。
 

わずかに、いつも本当に一瞬、風を浴びたときに瞬間的にそんなムードをもった何かについて思うんだ。

正確にはわからないんだ。なんとなく、無理やり言葉にしたらそんな感じ、ってだけ。何か正確には言葉にできない、誰かと何か大切なことをわかちあうことについてのような、でもそれは絶対に不可能なのかもしれないような、そんなようなことを、いつもふんわり思うんだ。

恋愛で盛り上がってる香港の二人のような夢中さとは違うんだけど、毎回毎回、ほんのちょっとだけ同じ感じのことを考えるってことは、やっぱりさ、長い人生でさ、そのことに夢中になってるってことなんじゃないのかな。長い時間をかけて、何か言葉にできない、ひとつのことについて、ずっと考えてるってことなんじゃないのかな、つまり夢中でさ。