中毒という症状は厄介なようです。自力で治したという人の話は聞きますが、その数の少なさと努力については賞賛すべきものもあるので特集されたりもします。それほど奇跡的なことであると言えます。
またすり替え(=他に興味がいったり、生命にかかわることなど)による解決も聞きます。因みに中毒とは、一般的にはどういう状態でしょうか?デジタル大辞泉によれば、以下のように説明されます。
1 生体内に入った薬物・毒物や生体内の代謝産物によって病態や機能障害が生じること。経過から慢性と急性とに分けられる。どくあたり。「食い合わせで 中毒 する」「ガス 中毒 」
2 置かれた状況になれて特に変わったことだとは感じなくなること。また、あるものへの依存が強く、ちょっとでも不足すると非常に強い飢餓感をもつこと。「活字 中毒 」「仕事 中毒 」
今回のブログの冒頭のイメージは、2で説明されている依存症のイメージででしたが、大枠では『体内に悪い物が入り機能障害を起こす』ということに変わりはないようです。入るものが、物質(無機物)なのか生物(菌など)なのか、霊なのかという違いかと思います。
今回はもちろん、霊に入られること=依存症について書きます。アルコールも麻薬も無機物や生物に分類されます。そしてそれらは体内にはいります。しかしこれらの症状は、本質は悪い霊に入られることなのです。ではどういう状態なのでしょうか。
『口に入るものは人を汚さず、口から出て来るものが人を汚すのである。」すべて口に入るものは、腹を通って外に出されることが分からないのか。しかし、口から出て来るものは、心から出て来るので、これこそ人を汚す。』(マタイによる福音書/ 15章 11・17・18節)
御言葉は霊に語るものです。毒を飲めば食中毒になり死ぬかもしれませんが、それが霊を汚すことはありません。故にアルコールにも麻薬にも、そのものには霊を汚す力はないのです。実際、双方体内からなくなったからと言って依存症は治りません。
対して、『どくあたり。「食い合わせで 中毒 する」「ガス 中毒 」』などは、物が体内からなくなれば、後遺症は残ることはありますが、症状は止まります。それにより、麻薬やアルコールそのものが、依存症に作用しているのではないことが分かります。
現代の医学では、脳が麻薬やアルコール、課金ゲームやギャンブルなどの快感を忘れられず、脳が欲するという所までは分かっています。しかし、霊の存在を無視して、脳=魂まででこの問題を解決することはできません。
長くなりましたので次回へ続きます。
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