『イエスは、気を落とさずに絶えず祈らなければならないことを教えるために、弟子たちにたとえを話された。「ある町に、神を畏れず人を人とも思わない裁判官がいた。ところが、その町に一人のやもめがいて、裁判官のところに来ては、
『相手を裁いて、わたしを守ってください』と言っていた。裁判官は、しばらくの間は取り合おうとしなかった。しかし、その後に考えた。『自分は神など畏れないし、人を人とも思わない。
しかし、あのやもめは、うるさくてかなわないから、彼女のために裁判をしてやろう。
さもないと、ひっきりなしにやって来て、わたしをさんざんな目に遭わすにちがいない。』」それから、主は言われた。「この不正な裁判官の言いぐさを聞きなさい。まして神は、昼も夜も叫び求めている選ばれた人たちのために裁きを行わずに、
彼らをいつまでもほうっておかれることがあろうか。言っておくが、神は速やかに裁いてくださる。しかし、人の子が来るとき、果たして地上に信仰を見いだすだろうか。」』(ルカによる福音書/ 18章01~ 08節)
この御言葉には、力づけられます。祈りが聞かれるためのいくつかのキーワードがあるからです。順にあげていきます。
1、相手(サタン悪霊)を裁くこと。『裁判官のところに来ては、『相手を裁いて、わたしを守ってください』と言っていた。』御言葉によって裁くことが良いのではと思います。
2、気を落とさず昼も夜も叫んで祈ること『気を落とさずに絶えず祈らなければならない』『昼も夜も叫び求めている』
3、クリスチャンであること『選ばれた人たち』
以上を行うことで『神は速やかに裁いてくださる』はずです。ます、クリスチャンであることは前提です。さらに詩編7を見ると『獅子のようにわたしの魂を餌食とする者』『立ち帰らない者』『悪をみごもり/災いをはらみ、偽りを生む者』など裁きはたえません。
さらに『主よ、裁きを行って宣言してください/お前は正しい、とがめるところはない』と自分の罪は赦されていることを宣言し、罪はすべてサタン悪霊が被ると裁いているとも言えます。
また、ダビデは何度も裁いてくださるよう神に願っています。気を落とさず昼も夜も叫んで祈ることにも繋がりますが、実際に昼も夜も叫んで祈るべきではと思います。
あとは悔い改め、罪を赦していただいておくことが重要であると思います。自分が陥っている状況の打破を願いながらそのまま祈ればよいと思います。叫ぶ場所がないなら心の叫びでも良いのではないでしょうか。
実は、悔改め赦されても、自分のミスに負い目を感じ、祈れない人は多いのではないでしょうか。しかし神が赦してくだされば、罪はすべてサタン悪霊が被るのです。彼らはそれを知っているため負い目があるように囁くのです。
祈りは人に対するものではないのです。負い目が仮に人にはあっても、それは彼らの唆しに原因があるのですから、それを宣言し、彼らに対しては遠慮なく叫んでください。
また、叫ぶことは実は重要です。『人の子が来るとき、果たして地上に信仰を見いだすだろうか』これは決して単独で用いられているのではありません。『昼も夜も叫び求めている選ばれた人たち』がここにかかっているのです。
そして、この御言葉はまさに現在の預言でもあると思います。誰もこの御言葉を実行せずに、祈りは聞かれないと勝手に思っている人が多いからです。なんという不信仰でしょうか。しかし悔い改めて祈りましょう。
詩編7編を昼も夜も叫び求めているクリスチャンであれば『神は速やかに裁いてくださる。』のでは。しかし人は裁かないでください。それでは今日から問題がある人は早速祈ってみてください。 アーメン
聖書がなくてもhttp://www.bible.or.jp/read/vers_search.html を検索で簡単に分かち合い
--------------------------------------------------------------------
☆悩み・行き詰まりのある方:メールはこちらへlifetech777@yahoo.co.jp
☆HPアドレス紹介コーナー
・再犯防止と元受刑者支援のNPO法人マザーハウスhttp://motherhouse-jp.org/
◎☆2項目詳細はhttp://ameblo.jp/pahl/theme-10103225398.html
