ある記者会見がありました。それは長年一緒に仕事をした同僚が、不祥事を働き、それを上司ではなく、なぜか本人抜きにして、同僚が謝罪するという内容でした。非常に違和感を禁じ得ないものでした。

 

内容はともかく、この会見に対する世間の評価やコメントをネットやメディアなどで見ると、この世は完全で立派な人たちの集まりであるかのようでした。殆どが本人を裁く内容でした。特に印象に残ったのが『甘い』『社会的制裁が足りない』などでした。

 

社会的制裁は、自分抜きで同僚に代わりに謝罪される(負い目は一生残るでしょう)ということや、非難されることで十分にみえるのですが、それ以上を求める人は、自殺するくらいのインパクトある社会的制裁を求めているのでしょうか?

 

しかし、仮にそうなっても彼らは自分達の責任とは一切感じず、またなぜそうなったかを自分達以外に犯人捜しをするでしょう。しかし、それが自分になる可能性もあることも知らずにです。多くの人は常に攻撃対象を探しています。

 

それは常に恐れと不安の中にいるからです。何故なら誰かが攻撃されている時や、共通の敵がいる時は、自分が攻撃される対象にはなりにくく、つかの間の安心があるからです。しかし、ババ抜きのように自分がババを引くことを常に恐れていなければなりません。

 

『あなたたちは、悪魔である父から出た者であって、その父の欲望を満たしたいと思っている。悪魔は最初から人殺しであって、真理をよりどころとしていない。彼の内には真理がないからだ。悪魔が偽りを言うときは、その本性から言っている。

 

自分が偽り者であり、その父だからである。』(ヨハネによる福音書/ 08章 44節)では、悪魔の欲望とはなんでしょうか。悪魔はアダムとエバからこの世の支配権を奪い取った盗人であり強盗です。

 

彼らは盗人ですから、目的は『盗人が来るのは、盗んだり、屠ったり、滅ぼしたりするためにほかならない。』(:ヨハネによる福音書/ 10章 10節)のです。これはユダヤ人たちに言っているように見えます。

 

しかし、実は彼らの父(神)はサタンであり、彼らが父の欲望を満たしたいと思っていることを指摘してます。今回の一連の事件でのコメントを聞くとまさにこの御言葉を浮かびます。裁く人は裁かれる人を滅ぼそうとします。

 

しかし、滅びてしまえば滅ぼした人が、滅ぼした罪により滅ぼされるかもしれません。その滅びの連鎖は、どこから来るかと言えば『盗んだり、屠ったり、滅ぼしたりするためにほかならない』ことを目的としてくる悪魔である父からです。

 

長くなりましたので次回に続きます。

 

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