みなさんこんにちは、烏丸御池近くの美容室、PAGE BOYの川崎です
1.17・・・・
震災で被災され方々にお見舞いを申し上げるとともに、犠牲になられた方々のご冥福をお祈りいたします。
後輩がこのことについて書いていたので僕も少し書きます。
震災2週間後に美容師の仲間達と三ノ宮の小学校へカットのボランティアに行くことになりました。
阪急電車で行ったのですが、最初はみんな軽い気持?でもないのでしょうが、電車の中ではいろんな話しをしながら外の震災の後とは思えないのどかな風景を眺めていました。
すると武庫川を越えると急に景色が一変したのです。
家々の屋根はブルーシートで覆われ、半壊、全壊している家も所々に見え、僕たちは急に言葉が出なくなりました。
震災の恐ろしさを目の辺りにした瞬間でした。
阪急は西宮北口までしか開通していなかったので、そこで降り、三ノ宮までシャトルばすで移動することになりました。
シャトルバスと言っても道路は混雑を極め大渋滞で全く動きませんでした。
ようやく三ノ宮に着いたのは家を出てから5時間以上経っていました。
三ノ宮は2週間経ったとは思えないほど物々しく、あちこちで火事の後の煙が立ちこめ、
ヘリコプターの騒音と救急車のサイレンの音がけたたましく鳴り響いていました。
あとで聞いた話ですが、あのヘリのサイレンの音で瓦礫に閉じ込められている人の声が聞こえないので、一時鳴らさないようにして、それで数名の方が救助されたと聞きます。
それほど大きな音だったのです。
三ノ宮の小学校へ付くと先着のほかの美容師さんたちがいてて、いろいろ手違いはあったものの他の避難所である小学校へ行きました。
避難所に着くとすぐにぼく達はヘアカットのボランティアを始めました。
水道はもちろん使えないので、ドライシャンプーで洗髪しカットをさせてもらいました。
そこでいろんな話を聞きました。
恐ろしかったのは、仮設トイレが外に設置してあるのですが、夜、女の子が1人で行くと犯されたり暴行されたりするそうで一人では行けなとのことでした。
それと県外から渋滞の中、数時間かかって三宮まで来てガ瓦礫の前でピースして写真撮って帰るやつもいたとか・・・・
話を聞いて愕然としました。
ただ僕たちに取って救いだったのは避難者の方たちが元気で明るかったことです。
被災して住むところもない避難者という悲壮感はなく、明るく生きる力に満ち溢れていました。
救援物資のインスタントラーメンをごちそうしてくれたり、ボランティアの僕たちにすごくよくしてくれました。
あのパワーと明るさが復興が早くできた源なのかなぁと思いました。
あの時の避難者の方たちは今どうされているでしょう?
きっとあのときのように元気で明るい生活を取り戻していることを願って止みません。
どうか東日本大震災で被災された方たちも明るく前向きに生きて一刻もはやい復興をお祈りします。