シャープでナイーブな目線を保つ日誌 -4ページ目

シャープでナイーブな目線を保つ日誌

日常に埋もれた人間が日常に埋もれぬように考えているアイデアを適当にアップしていきます。

俺は媚びない。妥協しない。それが俺のやり方だ。
俺はそういうことはしない。俺はこういうことがしたい。
へりくだったり、へこへこするのは、ずるいこと。かっこわるい。

はー、そうですか。

仮にそれらを突き通したとして、何が目標として達成されるのかな?

多くの場合、自分のやり方を守ることが目的化されてるだけなんだよね。

動機や、やり方を自分らしく通すことが、目的であるということは、確かにかっこいいし、美しいけどねー、それだけでは世間じゃまかり通らんていうかね、事を成し遂られるのかな。天才やカリスマならできるかもしれない。

俺は凡人だから思うけど、
本当のゴール・目的を決めていれば、やり方なんてなんだっていい気がするなあ。

本当に自分がやりたいことがあるんなら、それを成し遂げるためには、やり方のこだわりなんて青っくせーものは捨てたほうがいいね。絶対に妥協したくないことのために、妥協してくのは悪いことではない。それで結果を出して、はじめてやり方を選ぶ権利が社会的に与えられるのかな、みたいな。


自分らしい方法でやることが目的なのか?
やり方を選ばす最終ゴールにたどり着くのが目的なのか?
自分らしい方法でやって自分の最終ゴールにいくのか?
自分らしい方法でやることが自分の本当のゴールに自分を導くのか?

そういうのはね、考えすぎたら、机の上で話が終わってしまうね。
結局は、自分でひとつ選んで、それを信じてやるしかないんだけどさ。
こんなニュースが報道された。


公園で男の子が遊んでる。
小学生だ。

そこへ別の男の子が、
「どこから来たの?」
「福島から。」

ああ、彼は避難してきた男の子だ。

「放射能がうつる!あっちいけ!」


結末は別に普通だ。大問題になって教育委員会や学校に指導がはいった。


差別か、差別というのは、つらいね。
たくさんの社会問題の原因と結果が、時代ごとに変遷してきている。
それなのに、差別は何も変わらない。
無知と恐怖がある。たまに悪意がある。それによって、傷つく人がいる。それだけだね。
素でいつづけること。取り繕わないこと。

誰にでも好かれようとすると、本当の友達はできない。

いつも目の前の人に合わせてたら、その隣にいる本当の自分と会う人とつながれなくなってしまうね。

まあ仕事上の利害関係がある場合は、その辺は無理だから、現実的な調整はしないとね。
I'm a guitar player
I'm a guitarist
I play the guitar

という文章の違い、わかりますか?

はじめの2つが、「私は職業的にギターを演奏する人である」を意味する。

まあそれはいいんだけど、

自分で自分のことを「俺はギタリストだ」と、言葉に出して言ってしまった瞬間に何か崩れ落ちるものがあるよね。

俺はテニスプレイヤー
俺は豆腐屋
プログラマー
なんでも屋、、
うーん、まあいいのかな、
言葉の感じが違うね、

やはり芸術系は特に変な感じになるね、
豆腐屋にも芸術的誇り高さがあるかも。

いずれにしても、
「あなたはギタリスト」
それは賛辞だね。他人からの評価だよ。自分で言っちゃだめなんだよ。だめというか、何かが崩れ落ちてしまうのかなあ。

ただし逆にね、自分の内心の自負としては大切なのかも。
「俺はギタリストだ」、

だから、ギターで飯食ってる本当のプロは、自分で自分のことを「俺はギタリスト」と言うんだね。

俺は画家、
俺は社会人、、
俺はフリーター
俺は公務員
俺は男優、
おいらはドラマー

難しいとこだねえ。
ステレオタイプなど意味が無いという話をします。

そう、
「~人」という主語、国籍、人種、地理的な環境は、
はたして、もののあり方の切れ目や、判断の基準として意味があるのだろうか?

たとえば、卑近な例で言うと、「日本人は勤勉である。」
ふむ、この発言は、ある点で真実を捉えている。なぜなら、日本人には、勤勉な人間がいるからだ。

しかし、勤勉なアメリカ人もいる、イギリス人も、韓国人も、モンゴル人も、コンゴ人もいる。したがって、「イタリア人は勤勉である」という発言、ある部分では真実を捉えているわけだ。
そして、ある点では真実を捉えていない上に、やっかいなのは、それが迷信や誤解を起こすものであるということである。

「日本人は勤勉である。」という発言は、「日本人には勤勉な人がいて、そういう人が多いかもしれない。」という程度の情報の価値である。もし勤勉な日本人が実際に多いとしても、それはただ、傾向について語っているに過ぎない。ただの傾向。

傾向について語ることになにか意味があるのだろうか。

「~人」という主語で何かを話したいなら、「日本人には勤勉な人がいます。」と言うといいなと思う。おもしろいジョークになると思う。