マイケル・ジャクソンへの評決が出てから、某番組で、

「Innocence(無罪)という単語でなく、Not guilty(有罪ではない)という単語が使われたのは、有罪にはできないということだろう」

この様に説明を加えた解説員がいた。


私は"Not guilty"とInnocence"の使い分けが、この解説員の言う通りなのかどうかは知らない。

過去のアメリカの陪審員評決のニュースを見ると、「有罪」にできないから「無罪」であっても、もともと「有罪」でないから「無罪」であっても"Not guilty"という単語を用いていたと思うが、確信は持てない。


しかし、この解説員の言う通り・・・

「有罪」ではないから「無罪」なのであろう。


陪審員に対するプレゼンテーション合戦の様相も強かった裁判であったが、

「限りなくクロに近くても、クロという確証が得られなければ、クロではない」

このような、裁判の良心を示した評決だったと思う。


TBステーション)

第31回 マイケル、無罪!? [2005/6/20]


2回ほど、タクシーの規制緩和について記したが、今回は、視点を変えSide Storyとして記す。

解決の糸口が、ここにあるかもしれない。


参考)

タクシーの規制緩和 その1 問題提起

タクシーの規制緩和 その2 問題の所在


運転をしていて、タクシードライバーほど交通マナーや法規を遵守しないのも珍しいと感じる。

例えば・・・

・車線は譲らない

・割り込みは平然と行う

・横断歩道でお客の乗降を行う

・深夜の繁華街等で、強引な客待ちの為、車線が塞がれる

 etc....


私自身も、一部の行為は行っているので、自らの行為は棚に上げて記すことになるが・・・


タクシードライバーにも言い分はあるかもしれない。

私自身、その言い分が理解できなくもない。

しかし、これらの行為は自らの首を締めることにつながる。


タクシーの台数制限という規制緩和は必要だと考えるが、

これら交通マナーに反する行為による規制強化は必要だと考えている。

また、環境問題の側面からも規制強化が問われるかもしれない。

やはり、深夜の渋谷の道玄坂や新宿の区役所通り、池袋の常盤通り、銀座の並木通りなど一車線の道路に空車タクシーが溢れ交通の妨げになる光景や、

新宿靖国通りに代表されるように、片側複数車線の道路であっても空車タクシーが道路を埋め尽くし、交通の妨げとなる光景は異常である。


元NPO法人の代表が、詐欺容疑で逮捕された。

焼却炉販売会社の設立資金と偽って、出資金名目で現金を集めたのだという。

詐欺容疑でなくても、出資法にも抵触しそうな事件である。


参考記事)

<詐欺逮捕>元NPO代表理事ら5人 被害は20億円以上か


単に資金集めだと苦しいので、詐欺の舞台装置としてNPO法人が用意された。

政府に認められた非営利活動法人である、という信用を得たかったのであろう。


ところで、NPO法人(特定非営利活動法人)であるが、一定の条件さえ満たせば、時間はかかるが法人格を得るのは簡単である。

法人登記に必要な、印紙(登録免許税)も不要である。

つまり、時間はかかるがタダで法人格を得る事ができる。

NPO法人とは、単に法人格が付与された団体であり、その信用性まで保証したものでは無い。


そして、NPO=ボランティアというイメージを利用した悪徳NPO法人も少なからず存在する。


もともとNPO法人は、ボランティア活動などの非営利活動を促進するために、法人格を付与しようという主旨で始まった。

しかし、NPO=ボランティアというイメージを、安易な信用獲得に利用した、営利法人の隠れ蓑も少なからず存在する。


例えば、中高年の転職サポートを行う某NPO法人がある。

この法人は、人材紹介業の認可を受けずに、人材紹介事業を行っている。

つまり営利法人の隠れ蓑である。

NPO法人でも、許認可に係る事業を行う際は、監督官庁の許認可が必要であるが、それすら無視した悪徳NPO法人の一例であろう。


それら悪徳NPO法人の駆逐には、しばらく時間がかかりそうである。

それまでの間、この事件と同様の事件がNPO法人を隠れ蓑にして発生するのであろう。

自分の考えが古いのであろうか?

経営には哲学が必要だと考えている。

しかし、彼にはそれを感じられない。


今更であるが・・・・

ライブドアの堀江社長について、コメントしたいと思う。


参考記事)

「企業価値上げればいい」 敵対買収対抗策で堀江氏


堀江氏の発言は、真実の一端を衝く。

しかし、その手法がその言葉と矛盾する場合が多い。


この記事で言えば、

「企業価値を公平に判断できる指標は時価総額しかないのが現状だと強調」

この点は、一見すると正しい。

しかし・・・


時価総額=発行済み株式数×株価

である。

企業価値=時価総額を上げるため、堀江氏の取った手法は、発行済み株式数を増やす方法である。

ライブドア社の発行済み株式数は、上場企業の中で1・2を争う。

(西武鉄道に次いで2番目だと記憶しているが、西武鉄道の上場廃止や、ライブドア社へのフジテレビの増資などによりどのように変化したのか定かではない)

発行済み株式数を増やすことにより、時価総額を高めている。


堀江氏の手法は、株式操作であり経営の実態を反映したものであるとは言いがたい。


結果・・・

ニッポン放送の買収問題でも、フジテレビによる増資(新株発行による)という決着を見ており、増資により株式総数が増えたことにより、1株の価値は下落し、既存株主は損する事態を招いている。


株主に損をさせる経営は、堀江氏の批判するところであったはずであるが・・・


彼の主張は一見正しい。

しかし、実体は彼の言葉とかけ離れている。


さらに、彼には経営哲学を感じられない。

彼は、経営者なのであろうか?

私には、単なるマネーゲームのプレーヤーにしか見えない。


まずは、お題への疑問から・・・

「しかしその一方で、フリーターや無業の若者、いわゆる「ニート」の問題は未だに解決の糸口が見えず、懸念案件とされています」

ニートとフリーターは、根本的に異なるので同一視はできない。

若者が正社員として働かないことを問題視しているのか?

お題から問題の所在が何通りか読み取れるのだが・・・・


フリーターについては、最低限働いているので個人の自由で良いのではないだろうか?

日本型の雇用形態が崩壊する中で、正社員として働くことによって得られていた保証がなくなり、正社員として働くメリットを感じさせられていない社会に、問題があるとすればある。

ちゃんと働くことに対する縛り(例えば宗教的であれ何であれ)が弱くなっているのは仕方なかろう。

社会システム上、フリーターの増加は社会の活力を失わせる方向に働く。

それを懸念するのであれば、システムに対する信頼や信用(正社員として働くことによる長期的なメリットに対する)を回復することが先決ではなかろうか?

都合良くシステムを崩し、それでも信用しなさい!というのはムシが良すぎる。


小さくても会社を経営していた立場から書くと・・・

会社が1人立ちするまでは、収入が怪しく、社会的な立場は無職やフリーターと変わらない。

たまたま、会社を登記し取締役の名刺を持っているだけになる。

起業をして成功する確率は、1/15以下といわれる。

つまり、起業予備軍の92%は、無職やフリーターと変わらなくなる。

フリーターを否定することは、起業予備軍も否定することになる?


ニート・・・

働かなくても食べていけるというのは、歪んだ構造ではあるが羨ましい(笑)。

働かなくても食べさせている側の問題である。


自由、平等、平和をこよなく信奉する自分が書くのも可笑しいが・・・

自由は権利である。

社会で生きていく以上、権利には義務が伴う。

義務の強調には反対するが、権利の主張のみはタチが悪い。

働かなくても食べさせている側の問題と書いたのは、この権利主張に見える場合が多いからである。


以前、入社の面接を行ったとき・・・

何か勘違いをしている人が多いと感じた。

小さい会社で、立ち上がったばかりの会社は、仕事のやりがいはあるかもしれないが、膨大な仕事量を課せられる場合が多い。

指示を待っていては勤まらないことも多い。

その分、やりがいはある。しかし、やりがいを先に捉えられると辛いことも多い。

待っていては、やりがいは得られない。

働くことは楽しいことばかりではない。

そんな当たり前のことを、当たり前として捉えられていないところに問題があるように思える。


職業を選ばなければ、働いて一定の収入を得ることは難しくない。

私の属する会社では、新入社員の紹介をすると数万円の謝礼が貰える。

そんな会社もある。


最近の若者は、

などと言うと、自分が年をとったようでイヤなのであるが・・・


若者だけでなく、私と同輩、年上、問わず、繁華街では信号を見ないで横断歩道を渡る輩が多い。

信号の変わり際、車道が渋滞しているなど、理解できなくもない信号無視者も多いが、

まわりの状況を省みずに、横断歩道を渡ろうとする輩も多い。


これだけでは無いが・・・

いつから、こんなに信号を守らない輩が多くなったのであろう。


そんな輩でも、車で接触を起こせば、車の過失割合が高くなる。


偶然つけていたTVから、若貴問題(?)の続報をやっていた。

関係者が語ったり、妻が語ったり、本人が語ったり・・・・

はっきり言って、どうでも良いのだが、一点だけ指摘しておきたい。


様々な人達が語ったのを見ていたコメンテーターが、

「ここまで問題がこじれると、マスコミに語るのではなく当事者間の話し合いが必要です。

早く、そうなって欲しいものです」


TVに出て、コメントする役割の人間が、テレビに語ることを批判する。

何か、違和感を覚える。


取材されるから、語る。

もちろん、語る側にも思惑はあろう。

しかし、語らせておいて、語るなとは、あまりにも無責任ではないか?


TVの中で、コメンテーターがこの様に語るのが良心なのであろうか?

私には、アリバイにしか見えない。

中山文部科学大臣の発言が問題になっている。

正確に書けば、6月13日から14日にかけて問題になっていた

(もう過去形でしょ)。


大臣の発言は、6月11日のタウンミーティングでのもの・・・

「そもそも従軍慰安婦という言葉が、その当時なかった。なかった言葉が歴史の教科書に出ていた。間違ったことが教科書に載った、それがなくなってよかったと評価した」

と出席者の質問に答えたもの。

さらに、13日に記者団に

「そういう人たちがいたことは知っているが、そのころは(従軍慰安婦という)用語、言葉はなかったということを言いたかっただけだ」

「(従軍慰安婦には)日本人もいっぱいいたし、朝鮮半島出身の人もいっぱいいた。そういう方々がいて、筆舌に尽くしがたい苦労をされたこともよく知っている。だから用語と実態の問題で、実態はあったことは知っているが、用語はなかったということ」

と発言の意図を説明している。


用語があった、無かったということを、大臣が取り上げたかったのではないと思うが、記者団に対しての説明が説明になってないのが笑える。


それにしても(主題はここから)・・・

この失言も、細田官房長官が注意して、終わり。


政治信条としての発言なら、言い訳をしたり取り消したり、すべきではなかろう。

(中山大臣は、発言の取り消しは行ってないようであるが)

言葉を生業とする人達の言葉が軽すぎる。

言葉を生業とする人達が、言葉に対して責任を持たない姿を、次から次へと見せつけられ、

そしてそれが消費されたら・・・

法的ではない、道義的な責任を負うことを誰もしなくなる。


様々な問題の根源が、ここにある気がする。

併せて、社会の末端にいる者は、1つの失言で信用を失う場面も多々あるが、トップにいる人達は許容される。

構造的な欠陥であろう。


参考記事)

<従軍慰安婦>中山文科相「実態はあったが用語はなかった」

慰安婦発言で文科相注意 細田長官が外交配慮要請


凡例)

本文中の斜体は、毎日新聞及び共同通信のインターネット版からの抜粋




昨年の長野県白骨温泉で発生した、入浴剤添加問題に端を発し、温泉について考える機会が増えたように思う。


参考)

信州の温泉品質問題について  長野県のホームページより


しかし、残念ながら・・・

「源泉」や「源泉かけ流し」という言葉だけが一人歩きし、源泉かけ流し等ではない温泉施設にまで源泉かけ流しという表記が使われるようになった。


今年の1月に行った、箱根の日帰り温泉施設での表記にこのようなものがあった。

「当館は、100%源泉かけ流しの施設です。

センサーにより、浴槽から溢れた湯量を感知し、その分を湯口から注ぎます。

湯船から、溢れでない温泉はろ過循環を行い、常に衛生面に配慮しています。

源泉かけ流しと循環温泉の良いところを取り入れた施設です」

(記憶に頼った記述の為、原文そのままではありません)


思わず苦笑い。

上記のような温泉を、循環式と呼ぶのである。


源泉かけ流しとは、文字通り

浴槽に源泉を注ぎ、そのまま流すこと。

殺菌の為のろ過循環を行っていない浴槽のことを言う。


この施設の経営者・・・

確信犯としてこの掲示を行ったなら、タチが悪すぎ。

無知として行ったなら、アホすぎ。


いずれにしても、2度と行かないので、この掲示を再び見ることはない。



ここ で、タクシーの規制緩和に、基本的に反対しないと書いた。

何故、反対しないのか?

そもそも、問題の所在がどこにあるのか考えてみたい。


規制緩和がタクシー乗務員の収入ダウンを招き、安全運行を脅かしている。

ここ で書いた乗務員の主張は、一見正しい。

しかし、詳しく書けば・・・

規制緩和が、安易なタクシーの増車を招き、乗務員の収入ダウンを導く、それにより安全運行が脅かされている。

このような、論拠になる。


規制緩和によって、タクシー会社の経営者は増車を考える。

とても矛盾した表現である。


ある業種が、構造的な不況に陥ったとき、業務の縮小を図るのが普通ではないだろうか?

もちろん、他社の動向等を見て、ピンチをチャンスと捉え拡大を図る経営者も一部にいるとは思うが、全体的には縮小を図るのが普通であろう。


しかし、タクシー業界は異なる。

まずは、増車を考える。

パイが一定、或いはパイが縮小傾向にあるとき、増車が唯一売上げと利益を確保する道であると、タクシー会社の場合考えられている。

そのように、台数を安易に増やす事により、1台あたりの売上げは落ちる。

しかし、会社全体の売上げは落ちない。

しかし、乗務員から見れば収入の低下を招く。


そもそも、タクシー会社において、乗務員の給与は固定費ではなく変動費である。

それも、売上げが決定してから、ある一定のパーセンテージを支払う仕組みになっている。

故に、パイが縮小傾向にあるときに、一定の売上げを確保するのは増車しかない、と安易に考える。


考えてみて欲しい。

乗務員の給与が変動費であるということを・・・

会社の経営者から見たとき、構造的な不況に陥った場合、最大のネックは人件費という固定費である。

これが、変動費である事を許されている業界であるから、経営者は楽である。

経営者は1人1人の給与水準のことなど考えずに、全体の売上げだけを考えていれば良いのであるから。


ところで、詳しい人がいたら教えていただきたい。

タクシー乗務員の給与が変動費である事が許されている法的根拠を・・・

労働基準法上、許される行為なのであろうか?

許されていたとしても、労働者(労働組合)の承認が必要であると思うのだが・・・


あなたの会社に置き換えてみよう。

「今月は売上げが良くないので、給与を下げます」と、宣言されたらどうであろうか?

たぶん、モチベーションは下がり人材流出が避けられない事態になるであろう。

しかし、タクシー会社は違う。


そう・・・

問題の所在は、変動費として許される乗務員の給与体系にある。

これにより、乗務員は困るが、経営者は困らないという、歪んだ構造を生み出している。


私が規制緩和に反対しない理由の一つは、単に規制緩和に問題があるような主張は、問題の所在を歪めてしまう結果になると考えるからである。