BBLでの感激が冷めやらず、そしてベジャールの名作、東京バレエ団の『ザ・カブキ』が上演される!!という今、先日のプレミアムシアターでの放映はまさしくグッドタイミングだったといえると思います。
アマンディーヌ・アルビッソンの踊る『ボレロ』で始まりますが、それぞれの演目の始まる前のベジャールが振付当時について語る場面が出てくるので、不思議な遠近感を感じさせてくれました。
(でも、できればもう少しベジャールが当時について語る場面が長く欲しかった!というのが本音ではありますが)
やはりパリ・オペでも眩い存在感を放つマチュー・ガニオが踊る『火の鳥』は、ベジャール作品らしくないような(?)ちょっと洗練されすぎてるような気がしてしまいましたが、それは前半だけのことで・・・・
あの『火の鳥』のメイン曲になってから、どこか『中国の不思議な役人』風味のある不思議な衣装をまとった群舞と共に、どんどんと「あぁ。ベジャール作品を見てるんだ」という独特の風味が溢れてきて、ソロになってからはますますその風味が増してゆく。
最後の「子守唄」の頃には、涙が出そうになりました。
さすが、マチュー![]()
『さすらう若者の歌』では、オードリック・ベザールとフロラン・メラックが熱演してくれましたが、どうしても私には過去映像の印象が強くて。
映像とはいえ、あまりに凄いものを見てしまうと(しかも若い頃で、初めてその作品との出会いになった場合)その印象を凌駕してくれるものと出会うのは、難しいのかもしれません?
東京バレエ団の『かぐや姫』は、非常に物語を大切にしながら振付されたのだろうと、胸に染み入る作品になっていました。
まず、ドビュッシーの音楽の使い方が非常に上手い。
ここで、この曲来るーー
と、過去に見た記憶を辿りながら改めて魅了されました♬
かぐや姫役の秋山瑛さんの、煌めく存在感がこの作品が「かぐや姫」であることを納得させてくれます。
それにしても、秋山瑛さんは驚く程に細くてしなやかで、「なよたけのかぐや姫」という言葉が頭をよぎります。
しかも翁である、木村和夫さんの演技と踊り、その影子達の使い方が秀悦です。
(翁が一人暮らしというあたりも、切なさがより漂います)
柄本弾くんが演じる、道児という存在がいることにより、この物語に深みを与えているようにも思えますし、彼が出てくる箇所で流れる音楽は特に好きな曲が多かったので(子供の領分からの音楽とか
)余計に楽しめました。
しかも、彼の存在が入ることによって、数々の求婚者に無理な要求を言い渡して・・・・という『かぐや姫』の冷たい月の人の印象が変わりました。
そして、帝役の大塚卓くん!!
登場した時から「帝」とすぐにわかるオーラをまとい、スタイルの良さや美しい顔立ちも生かしながらも、どこかヒップホップっぽい振り付けもかっこよくこなしてくれていて、しかも演技でも魅せてくれて、彼の成長ぶりにも目を細めて見つめてしまいました。
柄本弾くんと秋山瑛さんの、二度目の『月の光』でのロミジュリを思わせるような美しい踊りは、ことに心に残りますが、どうして、こんなに道児は、『かぐや姫』と愛し合ってるようにも見えるのに、こんなにも彼女の存在が手が届かないものだと理解できているのか?と、不思議には思えますが、そこも美しい演出になっていました。
求婚者達はどちらかというと、図々しい雰囲気に見えてしまいました。
帝と秋山さんが踊る『雪は踊っている』のあたりから、道児との別れの踊りという流れの中では、どちらかというと『かぐや姫』が異国の地にいるのだという気がしてきて、帝はやはり終始上から目線という表現でしたし、帝と道児とぶつかり合う場面でも、間に挟まれたかぐや姫の悲鳴が聞こえてくるような気がしてきました。
かぐや姫が切なく哀しみを演じながらソロで踊り、月からの迎えが来るあたりでは、どこかで安堵させてくれるのは、意図的だったのでしょうか。
けれども、ここではやはり翁の哀しみが伝わってきます。
かぐや姫が登る月に向かう階段に一緒に登ろうとして、登ることができない翁の哀しみが、ラストに残るのは、そして振り向いたかぐや姫は何を見ていたのだろう?という寂寥感が胸に残るのは、やはり『竹取物語』を描いてくれたのだと実感します。
金森穣さんの名作として、これからも東京バレエ団のレパートリーとして、踊りつがれていって欲しい作品だと思います。