もしかしたら私がたまたまラッキーだったのかもしれませんので、なんとも言えないのですが・・・・
コロナの対応のSOS電話相談に、とてもお世話になりました😅
食べられるものもだんだん増えてきて、
「だんだん落ち着いて来たかな?仕事は来週からかな?」と、私の中にも少し油断があったのかもしれません。
いつものように猫達と仲良く眠ろうとすると、なぜかぐんぐん気分が悪くなり、背骨から始まり体がどんどんと痛みだし、落ち着いてたはずの咳が強く続いて出るようになってしまいました。
頓服のような薬もいろいろともらってたのですが、なかなか飲んでもおさまらず、ベッドの上でうなっていた時。
忘れていた大嫌いな音が聞こえてきたのです![]()
もう二度と聞きたくなかった、そしてもう聞くことはもうないだろう!!と、勝手に忘れていた胸の奥からの嫌な音。
「ひゅうー、ひゅうううーー、、、、」
(なんだか夏の怪談話に出てくるような気持ちの悪い音(泣)
この音を聞いて、すぐに思い出しました。
私が子供の頃、喘息でよく寝込んでいた頃のことを。
なぜか喘息発作は夜中に起こりやすく、深夜に発作が起きると苦しくて、一緒に寝ていた猫を抱きしめて半泣きになっていました。
ただ、なぜか母が、母だけが、いつも私の発作に気づいてくれて、背中を優しくなでてくれたり、冷たいお水でゆっくり薬を飲ませてくれたり。
母のやわらくて優しい手でなでてももらうのは、大好きでした![]()
文字通り『手当て』って凄いなって、そして母親って凄いな、とも感動しながらも、気づくと眠りに落ちていったような記憶が残っています![]()
そして、改めてこの『コロナ』という病気の持つ、残酷な特徴に怒りを感じました。
たとえば、
お互いに陽性判定を受けてるならいざしらず、お子さんだけが陽性で、お母さんが陰性の場合。
細かい注意事項が書かれた注意書きを見ながらの、神経を使いながら看病することになるはずです。
なので、たとえ子供さんがゼェゼェ苦しんだとしても、コロナ前のように背中をなでたり、抱っこしてあげたり、そういうことはとてもやりにくいはず。
その時、お子さんがある程度大きくなってて、状況を理解できていればいいのですが、小さなお子さんにそれは無理でしょうし、お母さんだってどんな切ない思いするかと考えると、なんて残酷な病気なんだろう!と、怒りが湧いてきます。
さて、私は夫がパルスオキシメータも購入してくれてたので、「使うのは今でしょ!」とばかりに使ってみました。
最初、89と出て少々びびりましたが、落ち着こうと続けた深呼吸がきいてくれたのか、93前後までは上がりますが、その後はどう頑張ってもよくならず、だんだん深呼吸自体も疲れてしまいます。
「そうか!!こういう時の為のSOS電話なのだ」と思い、かけてみました。。
後で必要になるかも?と、撮りましたがこういう写真を撮るは嬉しくないです。
SOS電話は深夜ですし、つながりにくのは覚悟しよう、とドーンと気持ちを構えていたのがよかったのかもしれません。
なんと(笑)想像よりずっとは早くつながりました![]()
最初に出てくれた男性の先生に、コロナになってからの経緯や、どこのクリニックにフォローしてもらっているのか等を説明しましたが、普段ならサクサク話せるはずですが、咳をおさえながら痛みを我慢しながら小声で話してると、なかなかうまく伝わらず、時間がかかります。
私は普段、話す仕事をしてるというのに(コールセンター勤務です
)
それにしてもここには、ご高齢の耳の遠い人や、具合が悪くて話しにくい人、急変して悪くなってきて不安で心身共に参ってる人からの電話も多いはずです。これは大変だろうなぁ・・と、また頭のすみっこで考えていました。
病気の経緯などを先生に伝えた後、少し取り次ぎに時間がかかったものの、しっかりしたおおらかそうな看護師さんが出てきてくれました。
そして、「熱は座薬が効果で下がってきてるけれど、咳が辛いし、喘息のような音がしてきて息苦しい」そんなこともお伝えしました。
パルスオキシメータの数字と私の呼吸の様子にすぐに反応して下さった看護師さん。
やはり深呼吸をゆっくり無理なく、でも出来れば深くするようにと励まされ、電話から伝わる私の呼吸を聞きながら、
「大丈夫!大丈夫!!座薬で熱が下がり痛みもましになってるんでしょ、呼吸も楽になるよ。うん!大丈夫だよ!!」
アルトの落ち着いた、でも明るい声で、「大丈夫」と繰り返されいると、不思議なほど安堵できました。
「大丈夫!!それで駄目なら救急車を呼ぶからね!!うち、要請することもできるからね!!」
おそらく、こんな言葉にも安心できたのだと思います。
後で思い出して驚いたのですが、この時、何の話からかは思い出せませんが、私は看護師さんと一緒に笑ったりもしていたようです^^;
時間がどれくらいかかったのかは不明ですが、私は自分の電話の後ろで列を作って待っている、目に見えないラインが、それぞれに辛い思いをされてる方が気になってたのですが(夫曰く、それは職業病だろう💦)と。
けれど、落ち着いてからの方がその気持ちも静まりました。
看護師さんは、「ここまで落ち着いたら大丈夫だから、ゆっくり呼吸しながら休みなさいね。もし続くようなら、かかりつけ医のクリニックにもまたこんなことが起こるようなら連絡して、相談受けて。でも、大丈夫だと思うよ!」とおっしゃって下さいました![]()
私はどうしても一言お伝えしたくなり、
「ありがとうございました。この電話には今の私のような人がいっぱいかけてくると思います、私もかける時は不安でしたが、心身共によくしてもらえて嬉しいです。実は私も電話の仕事をしてるので、余計に感動しました。私もあなたのようにはなれなくとも、あなたのようにな仕事ができることを目標にして、元気になったら職場復帰します」と、宣言してしまいました![]()
それを聞いて、またオトコマエの明るい声で笑い声まで出された看護師さんは、
「もー、そんなん言われたら嬉しいやん。けど、職場復帰、急いだらあかんで。まずは健康に戻ることに専念せな!」
(なぜか、このあたりから急にコテコテの関西弁(笑)でした」
私は父が厳しくて、言葉遣いにもうるさい家に育ちました。
もちろん、友達の話す関西弁は好きですが、自分が話すとなると関西弁が苦手になる、という妙なところがあります。
(いまだに転職するたび、「どこから来はったん?」「出身どこ??」と聞かれます
」
けれど、そんな他愛もないことがきっかけで、新しい同僚や先輩といろいろと話しこみ、仲良くにもなれ、馴染んでいくことも多いように思うので、やはり親には感謝です。
明るい看護師さんと、関西弁同士で話せなかったのは少し残念でしたが、電話切る頃にはかなり気分もよくなり、もう一度薬を飲んで、今度こその深い眠りにつけました![]()
コロナ禍の中でも、悪いことばかりじゃない、
そう思った夜でした。
そして、あの素敵な看護師さんに宣言した通り、確実に回復して体力もつけて、そして、職場復帰したら、絶対に頑張ろう![]()
