母が入院しました。
一週間前のことになります。
コロナは陰性でしたが、高熱が続き、救急車で病院に運ばれました。
救急には、電話がなかなかつながらなく、特養のスタッフさんは時間をかけてかけ続けて下さったそうです。
もう感謝しかありません。
病院に到着してから、応急処置をして下さった後、
母を診察して下さったのは、心あるドクターだったと思います。
私とスタッフさんのそばに来て、座り、ゆっくり丁寧に優しく話して下さいました。
ここは救急搬送を受け入れる病院なので、急性期でないと今の段階では受け入れができないこと、そしてどこまでの処置を、今の年齢の母に今の状態の母に求めるのかということをも問われました。
夫に連絡することもありません(彼もすぐに帰ってきてくれましたが、私と気持ちは同じでした)
ドクターに質問された時の、私の返事は決まっていました。
母には、これ以上苦痛を与えてほしくはありません。
ただただ、穏やかに苦しくないように過ごさせてほしい・・・・
それだけが今の願い。
母の心臓を止めた大きな事故が遭ったのは、1999年の秋のことでした。
あの恐ろしい事故の後、ふっくらしていた母が、今ではすっかり小さくなってしまいました。
その小さな肉体で、それでも何度もの大手術、何度もの入院を経て、今も私達のそばにいてくれたこと。
それは奇跡のような、そして母の私達への愛情だとも感じています。
このコロナ禍の中であっても、無事に二度のワクチン接種も受けさせてもらい、ガラス越し面会でも腕を振りながら私達に大きな瞳を向けてくれる姿を見せてくれたのは、まだ2週間前の土曜日のことでした。
時間が止まったような世界の中で、
Twitterはお休みしていますが、
さすがにニュースは見ています。
けれど、五輪のメダルの喜びを伝えた直後、
増え続けるコロナ患者数を伝える映像が流れてます。
どちらのニュースにも心があまり動かない自分が怖いような気がします。
こんなにも私は自分の世界のことが一番の人間なのだったのかとも感じ入ります。
時おり、不思議なパラレルワールドにいるような奇妙な感覚も湧き上がります。
こんな時期なので、スポーツ好きなご家族がテレビで観戦して気分転換するのはよいでしょうし、
私も母と五輪を見ながら大騒ぎしたり拍手していた楽しかった思い出もよみがえります。
けれど、それもまた、奇妙な感覚です。
すごくすごく長く生きてるようなおかしな気分にもなります。
そして今日は広島の日だったのだと、報道で知ってドキンとします。
母が搬送されてから今日で、一週間。
母の入院後、主治医の先生からの連絡もあり、家族は一人ずつの面会は許可されました。
私は一緒に救急車に付き添いで乗ったので、一番長く母のそばにいられましたが、よく揺れる救急車の中で、母は苦しかったのではないかと不安でした。
本当に本当に久しぶりに握った母の手は、細くてひんやり冷たかったです。
神様、
優しくて明るくて可愛くて、人を幸せにしてくれる、私がこの世で一番愛する人を
これ以上、苦しめないで下さい。
穏やかに過ごさせて下さい。
幸せになれるのなら、私は別れも覚悟しています。
母の笑顔こそが母の幸せこそが私の一番の願い、そして宝物です。